「町おこしに成功している自治体には、必ずキーマンとなる異端の役人がいる」というのは、造り酒屋を受け継ぎながら、地元で20年以上活動を続けてきた西岡勇一郎さん。地元の人を巻き込みながら、表には出ず、アイデアを次々と実現する町おこしのスペシャリストを紹介してもらいました。
町おこしにはやる気のある民間人と異端の役人が必要
日本全国ありとあらゆる地域で町おこし活動が展開されています。そんな活動には必ず中心人物がいて、その旗振り役のもとで賛同者とともにさまざまなことを実現させていくわけです。私の住む茨城県桜川市でも町おこし活動が各所で繰り広げられていて、かくいう私も、本業である造り酒屋を営むかたわら、町おこしを行ってきました。
ということで、今回は私を町おこしの若手リーダー的存在に仕立て上げた、町おこしのスペシャリスト「市役所のスズキさん」について書きたいと思います。
当蔵のある桜川市真壁町では、毎年2月4日~3月3日の1か月間「真壁のひなまつり」と題して、町内有志によるおもてなし活動が展開されます。18年ほど続くこの活動は、小さな町にひと月で数万人の観光客を誘客するまでに成長しました。
この陸の孤島の小さな町の成功例を一目見ようと、毎年近隣自治体の役所や議会の方々が視察に訪れます。皆さん知りたいことはただ一つ。聞かれ方はいろいろですが、要約すれば「どうやったら町おこしが成功するのか?」です。私は決まって「ヤル気のある民間人と、異端の役人さんがいればなんとかなると思いますよ」と答えます。
大抵の自治体職員さんは苦笑いをして帰っていきます。この言葉には「町をよくしたいと思う住民と、その住民と同様の価値観を有する役人さんの二人三脚で町おこしは成り立つんですよ」という意味があるのです。この「価値観」というワードがとても重要なのですが、残念なことに大抵の自治体職員さんはその意味を取り違えて「住民不在の町づくり計画」のようなものを描きがちです。
どんなところにでも飛び込むのがスズキさんのスタイル
それはさておき、わが町のスズキさんがどんな人かというと…。
スズキさんは、桜川市真壁町で生まれ育ち、合併前の真壁町役場に入庁後56歳で退職。退職理由は、元気なうちに町づくり活動のみに専念する時間をつくりたいから。現在は町内の町づくり団体に加入しており、「住民主役の稼げる町づくり」をテーマに日々活動しています。
その活動内容ですが、市役所時代は、とにかく市内を歩き回り住民と会話するというのがスズキさんのスタイル。市役所職員然とした服装ではなく、普段着でチューリップハットのような帽子をかぶり、折りたたみ自転車で市内を動き回る(遠方はさすがに車ですが)。さまざまな事業者、農家、寺社仏閣、宿泊・飲食関係、既存・新規を問わず飛び込む。
都内で有名なうどん店の店主が、引退して真壁の古民家を買い取り悠々自適な老後を過ごそうとしていれば、毎日のように通い詰めて説得し、うどん店を開店させ、いつのまにか有名店が真壁で新装開店。
写真マニアが秋になると密かに訪れる紅葉がとてもキレイなお寺があれば、来訪者のために地元食材をふんだんに使ったけんちん汁を振る舞っておもてなし活動をしたり、カメラマンたちによりよい写真を撮ってもらうために、住職にライトアップの提案をしてみたり…。
隠れた産物があれば、旅館の女将を焚きつけて、旅館の食事にそれとなく忍び込ませてもらい名物料理を考案。
黒子に徹し、キーマンを使ってさまざまな仕掛けを打つ
私が代表を務めるまちづくり団体も、スズキさんが橋渡し役となり、同年代の若者を集め、子育て世代によるフットワークの軽い団体をそれとなく構築させられておりました。そして私は、ふと気がつくと若手リーダーという席に座らせられていました。
まちづくり団体で活動する際に、役所の手続きが必要な部分や、必要な什器類があれば、市役所職員の強みを活かして、申請手続きなどを一手に引き受けてくれる。役所にメディア取材の話があれば、イチオシのヒト・モノ・コトを巧みに案内し、そのときの町の「最高」を取材させる。
などなど、とにかく田舎の町並で目立たぬように動き回り、各所・各時期のキーマンを使って仕掛けを打ち、自分は完全に黒子に徹し、公人と私人をとても器用に使い分けておられる方です。
町おこしは官民が一体となって展開されるのが理想です。そしてあくまでも主役は住民でなくてはなりません。住民の思いを実現させるために役所の存在があり、そのときに住民の心に寄り添うことができる役所職員の存在が不可欠となります。
私が知る限りでは、町おこしに成功している自治体には必ず「市役所のスズキさん」的なキーマンが存在するようです。皆さんの町にもそんな「市役所のスズキさん」的な方がいるかもしれませんよ。
茨城県桜川市における「市役所のスズキさん」がどのように活動していたか、もっと詳しく知りたい方は、ぜひ一度当地へお越しください。百聞は一見にしかず! 私が「市役所のスズキさん」の影を追いかけるお手伝いをさせていただきます。
<文/西岡勇一郎>
西岡勇一郎さん
茨城県桜川市真壁町の酒蔵、西岡本店社長、桜川本物づくり委員会。大学卒業後、一般企業勤務を経て実家の酒蔵を継いで以降、酒造りと並行して、20年に渡り真壁町の町おこしに携わってきた。