海外も注目!? 気仙沼の海で熟成させる「海中貯蔵酒」ツアー

 日本酒をビンごと海の中に沈めたら、まろやかでおいしくなった! そんな取り組みを気仙沼の酒蔵が行っています。訪日外国人向けの食体験ツアーとしても注目されている「海中貯蔵酒」を、ご当地グルメ研究家・大村椿さんがレポートしてくれました。

試飲
1年間海中貯蔵した「蒼天伝」の味は?

 2019年11月2日、訪日外国人へ食文化の働きかけを行う、農林水産省の「食かけるプロジェクト」の一環で「食かけるプライズ」の表彰式が行われました。これは、国内の食や歴史が絡んだ多様な体験事例を表彰するものです。そのひとつとして、宮城県気仙沼市で行われている『海中貯蔵旅』が「これから羽ばたく可能性のある食体験」として「ネクストブレイク賞」を受賞しました。この「海中貯蔵」とはどんなものなのでしょうか。

復興支援のツアー企画として再開された海中貯蔵

 気仙沼市にある酒蔵、男山本店では、2006年から純米酒『蒼天伝』の海中貯蔵を行っています。地元の海の中に日本酒の瓶を1年間沈めて熟成させるという取り組みで、2010年のチリ地震による津波、そして2011年の東日本震災で2年中止したものの、翌年から再開されました。

 当時は、津波により破壊された建物や瓦礫が生々しく街中に残され、人々はまだまだ不安な日々を過ごしていた時期で、男山本店も被災していました。木造・コンクリート造り3階建ての本社屋は国登録有形文化財でしたが、津波により流されてきた漁船が衝突し、ほぼ全壊・流出。少し離れた高台にある築100年以上の酒蔵は、門の手前まで海水が押し寄せたといいます。

 しかし、電気も水もない中で、残ったもろみを使って酒造りが続けられたのです。そんな状況のなか、「海中貯蔵が復興の手助けになるのでは…」と、地元の皆さんの協力のもと体験ツアーのひとつとして、海中貯蔵が再開されたのでした。

 参加者は、男山本店の酒蔵見学をし、日本酒が作られる工程などの説明を受けます。そして、搾ったばかりの新酒『蒼天伝』の四合瓶に、自分の名前やメッセージを書いたカードをくくりつけて準備完了。これが自分だけの1本となるのです。

蒼天伝1
参加者はメッセージを書き、海にそれぞれの思いを託す

 宮城県の最北東端に位置する気仙沼市の唐桑地区は、ホタテやカキの養殖が盛んなエリア。ここがお酒を沈める舞台です。養殖業者さんの協力のもと、参加者たちはお酒とともに漁船で少し沖へ。牡蠣の養殖に使用しているいかだにまたがり、網カゴに入れたお酒を唐桑の海の中へ沈めていきます。ロープでイカダに固定したら、水深約15メートルの位置で揺られながら来年を待つのです。自然相手なので、どんな味になるのか、誰にも予想がつきません。これにロマンを感じ、心待ちにする人も多いのでしょう。
 

海の中で本当にお酒は熟成していくのか

 肝心のお酒の味が気になりませんか? 海から引き上げたばかりのお酒と同時期に瓶詰し、冷蔵庫貯蔵したお酒を飲み比べます。実際に飲んでみると、その差は歴然。冷蔵庫貯蔵は、搾りたてのフレッシュさが残っていて、それはそれで美味しいのですが、海中貯蔵酒は見た目もやや黄色く、口に含むと、角が取れたようなやわらかな味わいに……。やはり海の中で熟成が進んだのだと感じます。

引き上げた海中貯蔵酒
引き上げられたばかりの海中貯蔵酒。水で洗って参加者に引き渡される

「初めは面白半分というか、実験的にスタートしたんですよ。本当に興味本位で……」
 そう語るのは、男山本店社長の菅原昭彦さん。

「後日引き上げたお酒を飲んでみたら、味に変化が見られて、美味しくなってたんです。そこで、ほかのお酒と比べるためデータを取るようになりました」(菅原さん)
 ところが、どういうわけか、ほかの貯蔵方法と比べて数字の差があまり出なかったそう。

「でも明らかに味は変わっている。なので海中貯蔵を続けてみようと」(菅原さん)

 気仙沼の冬の海水温度は3度程度。逆に夏は18度程度まで上がります。海中は気温と違い、ゆるやかな温度変化が起きるため、それと共に熟成が進んでいくようです。また適度な波の揺らぎも、味に影響を及ぼしているのではないかという見立てでした。

復興は次のフェーズへ。海中貯蔵酒がインバウンドの一手となるか

 2020年は震災後9年目を迎えます。被災した男山本店の店舗は、現在復元工事が進められており、2020年3月頃には完成する予定。こちらには、地域の歴史や文化を観光客が見ることができる展示室が設けられるそうです。

 気仙沼の復興と共に海中貯蔵旅も変化していき、新たな一歩を踏み出したようです。現在は、過去のツアー参加者を中心とした有志の手によって毎年実施されています。また、噂を聞きつけた人からの申し込みもあるのだとか。とはいえ、船を出さなければいけないため、少人数での実施は難しいようですが……。これらがヒントになったのか定かではありませんが、最近は、ほかの地域でも同じような取り組みを見かけるようになりました。

 そして今後、訪日外国人向けの食体験のひとつとして、来春には外国人に向けたツアーを実施するべく、環境を整えている最中とのこと。海中貯蔵に使用されている『蒼天伝』は、気仙沼の蒼い海と空をイメージした銘柄で、鰹や秋刀魚に合うと評判です。震災後は海外での評価も高く、品評会などでの受賞実績も多くあります。和食がユネスコ無形文化遺産に登録され、「食」を楽しみに日本を訪れる外国人が年々増えている昨今。リピーターも多く、メジャーな観光地から地方へ目が向けられている中で、この海中貯蔵旅も海外から注目されるのは間違いないでしょう。

「海と生きる」がスローガンの気仙沼。震災から復興へ。そして次に向かっての新たな取り組みにも目が離せません。

漁船
牡蠣養殖のいかだに向かう漁船。海中貯蔵は地元の人々の協力が欠かせない

<取材・文・撮影/大村 椿>

テレビ番組リサーチャー・大村 椿
香川県生まれ、徳島県育ち。2007年よりフリーランスになり、2008年から地方の食や習慣などを紹介する番組に携わる。その後、グルメ、地域ネタを得意とするようになり、「ご当地グルメ研究家」として食に関する活動も行っている