タワマン向けやサブスクも。建具屋3代目が提案する斬新な組子細工

伊賀焼、萬古(ばんこ)焼といった伝統工芸が盛んな三重県。歴史あるメーカーが新ブランドを立ち上げたり、若手作家が移住していることから、工芸品・雑貨好きから注目を集めています。そのなかから、今回は組子建具職人の黒田裕次さんをご紹介。

数ミリの誤差も許されない緻密な組み合わせの世界

建具

 千年以上前から建具を装飾するための細工として使われてきた組子の技法。細かな木片が幾何学模様に組まれた組子建具は、和室に華やかさを添える欠かせないものでした。

 しかし、日本家屋が減りつつある昨今、木製の建具そのものの需要が下り坂。そんななか、三重県北部、菰野町で3代続く建具屋『指勘建具工芸』の黒田裕次さんは、伝統技法の組子をフックに建具の伝統を守ろうと奮闘しています。

黒田裕次
組子建具職人の黒田裕次さん

 組子のパーツとなる木片の厚みは1.5㎜ですが、その始まりは大きな無垢板です。8種類の機械を使って細く引き割り、切り込みや「ほぞ」と呼ばれる木材を接合するための突起を施すなどの加工はすべて手作業で行います。組子の模様は何百通りもあると言われ、その模様ごとに加工の仕方が異なるので、代えがきかない繊細な作業です。

材木
4mほどある大きな板。年輪がまっすぐに入ったものを選び、半年ほど乾かしてから使う
道具
工場には木材を加工するための道具がずらり。作るものによって刃物も変える
パーツ
細く引き割りした木材をさらに細かなパーツにする

「ひとつのパーツが0.1mmでも狂っていると、全部ダメですね。組んでいくうちに必ず合わなくなるんです。計算通りでも、相手は木。膨らんだり縮んだりするので、最終的には工夫や勘で合わせていきます。逃げのきかない仕事だからこそ、美しいものができるんですよね」(黒田さん)

時代の流れのなかで自分の強みを見出す

パーツと手元
左右の角度は60度と120度に加工。接着剤や釘がなくてもしっかりとおさまる

 黒田さんが、家業である建具の世界に入ったのは県外の大学を卒業した後。
「子供の頃から父がうれしそうに仕事をしている姿を見ていました。人がもっていないなにかを追求している父が、とても魅力的に感じたのが高校の頃。就職を考えたとき、楽しそうに仕事をしていた父の姿と組子の美しさが思い出され、家業を継ごうと決心しました」

 そのとき、父親に言われた「大変やぞ」というひと言が、修行の大変さとは別のところにあったと気づいたのは、始めてから10年を過ぎた頃だといいます。
「和室のある日本建築がなくなっていき、周りの大工さんも父親と同世代の人しかいないという状況。10年、20年後にはこの仕事がなくなるんじゃないかと不安になりました」

メンテナンス
古くからある雪見障子の枠。障子の張り替えとガタつきのメンテナンスをする

 折しも、メーカーがつくる大量生産の建具との価格競争が激しくなっていた頃。
「父から受け継いだこの技術をどうやって残していけばいいのか焦りました。これで最後かもしれないと思いながらつくっていたときもありましたね」

 悶々とした日々のなかで自分たちの強みや、なにに憧れてこの仕事に就いたのだろうと考えたときに、思い浮かんだのが「組子」でした。

商品開発や工場見学。職人の技をオープンにする試み

鍋敷き
中央)鍋敷:サイズ16cm×16cm×1cm 3,300円、左右)コースター 各2,200円

 工場に併設された事務所には、組子でつくられたコースターや写真立てが並んでいます。東京や伊勢のお店では、行燈や衝立(ついたて)を販売するようになりました。指勘建具工芸、またはカモシカ商店でも販売しています(種類が異なる場合あり)。

「祖父の代に得意としていた組子建具を2代目である父親が発展させました。自分は現代の生活様式に合わせた商品を製作することで、今まで繋いできた伝統技術を少しでも残せればと思って。まずはやるだけやってみようと」

組子行燈
モダンな印象の組子行燈。110,000円(受注生産)
文箱
伊勢志摩サミットの贈呈品として採用された文箱。「輪継ぎ」という柄で世界が輪でつながっていきますようにという想いで作った

「組子のインテリア商品がきっかけで、建具屋のことも知ってもらえた」という黒田さん。そのおかげで、新築の家の小窓やタワーマンションの壁に組み込むなど、今の暮らしに馴染む組子の使い方を、お客さんの方から提案されることも増えたそう。

 また、毎月第3土曜日を見学日とし、工場と自宅の組子建具の一般公開も始めました。
「昔は職人技というものは隠すものでしたが、それでは技が廃れてしまう。あえてオープンにすることで、組子建具の魅力がダイレクトに伝わるといいなと思って。組子の美しさは、光と影。その美しさがいちばんよくわかるのが、建具なんです」

後光組
2代目が考案した「後光組」という技法

軽やかな感覚で伝統を未来へ繋げていく

後光組建具
「後光組」技法の建具は華やかなアート作品のよう

 今は、組子の部分だけ定期的に変えていくサブスクリプション型の建具を提案しているのだとか。絵画的な組子を得意とする指勘建具工芸らしい試みです。

組子蓮華
千本格子の中に幾何学模様を取り入れた花形の組子「蓮華」
蓮華の裏側
組子「蓮華」の裏側。まるで影絵のような蓮華の花

「麻の葉模様なら、魔除けや子どもの健やかな成長という意味があります。季節で変えたり、会の内容で変えたり、組子建具ならではの提案をしていきたいですね」

木枠麻の葉
木製の枠に、取り外しできる麻の葉模様の組子をはめ込む

 建具以外の商品も考えながら、最終的には建具に立ち返るという黒田さん。「建具は、家に取りつけて初めて評価されるもの。基本的に受け身の仕事なんです。でも、今の時代、受け身じゃダメなんですよね」とにこやかに笑います。

 伝統を今に調和させながら未来へと繋げていくことは、決して簡単な事ではありません。しかし、その大役を果たせるに違いないと思わせる明るさと軽やかな感覚が黒田さんにはありました。

黒田さん

黒田裕次さん
1976年、三重県生まれ。指勘建具工芸、3代目。建具・組子職人。三重県建具作品展示会 第30回三重県知事賞受賞、全国建具作品展示会 第50回内閣総理大臣賞受賞ほか多数受賞
指勘建具工芸 TEL 059-396-1786 
e-mail sashikan@aioros.ocn.ne.jp

<取材・文>西墻幸(ittoDesign)

西墻幸さん
1977年、東京生まれ。三重県桑名市在住。編集者、ライター、デザイナー。ittoDesign(イットデザイン)主宰。東京の出版社で広告業務、女性誌の編集を経てフリーランスに。2006年、夫の地元である桑名市へ移住。ライターとして活動する一方、デザイン事務所を構え、紙媒体の制作や、イベント、カフェのプロデュースも手がける。三重県北部のかわいいものやおいしいものに詳しい。