ウィスキーの醸造所があることでも知られる山梨県北杜市白州。ここには日本酒のスパークリングに力を入れる酒蔵があります。その醸造責任者に酒づくりにこめる思いを聞きました。
アラン・デュカスとコラボしたスパークリング日本酒も
豊かな自然と首都圏からのアクセスが2時間ほどという利便性から、移住先としても人気がある山梨県北杜市。ここに、日本酒の蔵元「七賢」(山梨銘醸)はあります。1750年に創業したこの酒蔵では現在、日本酒のスパークリングの製造に力を入れており、近年ではアラン・デュカス氏とコラボした「Alain Ducasse Sparkling Sake(アラン・デュカス スパークリング サケ)」や、大吟醸の古酒を瓶内で二次発酵させ、キース・へリングのラベルが印象的な「EXPRESSION」のシリーズなどが、国内外で高く評価を得ています。
日本酒でしか表現できない発泡を目指す、七賢の醸造責任者である北原亮庫(きたはらりょうご)さんに、コロナ禍での取り組み、酒づくりへの思いと、地域との関わり合いなどを聞きました。
コロナ禍での不安を抱えながらの酒づくり
2020年の緊急事態宣言下では、日常生活や東京の市場がどうなるか、不安を抱えながらの酒づくりとなりました。
「市場では、メインの取引先である東京、神奈川、千葉、埼玉などの関東圏の飲食店が緊急事態宣言下で酒類の提供を停止しました。とくに東京での売上が落ち込んで、かなり影響を受けてしまって。だけど七賢は、オンラインショップなどBtoCで直接販売も行っているため、ご自宅で七賢のお酒を楽しんでいただく、という面では、お客さんが新たに流れてきた感じはあります。飲食店への提供が減った分、別のところでなんとかカバーできた感じでしょうか」
「家で飲んでいたお酒を、ちょっといいお酒に変える。自宅でもおいしいものを楽しみたい。今回のことで、七賢のお酒はそういうニーズにも対応できるということがわかりました」と北原さんは語ります。
コロナ禍で自分のなかの余分なものがそぎ落とされた
北原さんは、世界で唯一日本酒だけの品評会「SAKE COMPETITION 2017」で、最も優秀な成績を残した35歳以下の醸造責任者に贈られる「ダイナーズクラブ若手奨励賞」を獲得。また、四合瓶で1万円以上(外税)の高級酒を審査する「Super Premium部門」では、北原さんが醸造した「七賢 純米大吟醸 大中屋 斗瓶囲い」が1位に輝くという経歴も。
そんな北原さんにとって、コロナ禍はこれまでの酒づくりを振り返る機会にもなったそう。
「大きな賞を受賞して露出が高まり、従業員も増え、売上、利益も上がりました。注目されたことで会社として加速的に伸びていったけれど、突然の変化に内部の体制が対応できなかった部分があって。『重要なタイミングを逃したくない』というジレンマを抱えながら、酒づくりをすることに少し無理があると感じていました」
そしてコロナが蔓延して「今まで当たり前にできていたことができなくなり、『なにが常識で、なにが本来のものなんだろう。本当に必要なものはなんだろう』と考えるようになって。自分が酒をつくることでなにを伝えるべきか。ただ出荷数が伸びればいい、ではなく、もっと本質に根差したことに目を向けたい、と思いました」という北原さん。
「そんななかでスタッフもこの2年間、いろいろな制限があるなか、がんばって一緒に酒づくりをしてくれて。まさにワンチーム、というか、家族みたいな距離感で酒づくりができています。酒づくりにとって、本当の意味で大事なことはこれだったんじゃないか、と。最近は自分自身に必要のなかったものをそぎ落とせたというか。そうすることで、つくるお酒もみがかれていくように感じています」
スパークリング日本酒は特別なときに飲んでほしい
C.I.V.C.(シャンパーニュ委員会)によると、日本はシャンパンの輸入が世界上位3位に入る消費国。そして七賢のある山梨県は、約80のワイナリーが県内各地に点在するワインの名産地です。そこで、北原さんはスパークリングワインの製法を学び、ブドウの代わりに米を使った製造方法を研究し、オリジナルの製法をスパークリング日本酒の製造に生かしているといいます。
「スパークリング日本酒は2015年からつくってきました。世界の乾杯のシーンを見たときに、必要なのは炭酸を含んだ『泡』だと。泡ものを飲むことで胃が刺激されて食欲も増し、次の料理への高揚感が生まれます。次に繋げることを目的として考えたときに、七賢で日本酒のスパークリングを開発しないといけない、と強く思いました」
「日本酒のスパークリングは、乾杯するとき、お祝いのとき、心がたかぶるような特別なときに飲んでほしいお酒です。最近はそういう場面が持ちにくくなっていましたが、コロナが終息に向かい、これから少しずつ外で飲んだり、気軽に人と会う機会が増えていくことで、また市場が拡がっていくと感じています」
どこにいても白州を感じられるお酒に
「この地域で酒造りをする意味、意義をもっと蔵元は考えないといけない」という北原さん。目の前のことだけにフォーカスするのではなく、大きな循環の中で起こるバランスを捉えたい。といいます。
「酒づくりには、この地域でくみ上げられた水、この地域でつくられた米を使います。白州の地でなければ、七賢のお酒はつくれません。地域の人たち、作物、自然の調和・循環の中で、よりよい酒造りをしていくためにどうしていくか、というのと同時に、地域のためになにができるかをいつも考えています」
七賢では、今年の新酒第一号の「一番しぼり」の完成を発表。現在は、文化財となっている築180年の母屋「行在所」の見学、麹を使ったカフェ(土日のみ)、直営のレストラン「臺眠」(だいみん)も営業しています。(※コロナ禍により併設の直売店「酒処大中屋」での試飲は見合わせています)
これから訪れるクリスマスや年末年始は、北杜市の澄んだ水やお米に思いを馳せながら、七賢のスパークリング日本酒で乾杯してみませんか。
<取材・文 伏見優美 画像提供/山梨銘醸>