まるで焼き物みたいな漆塗りも。桑名の若手蒔絵師がつくる新たな漆器の世界

伊賀焼、萬古(ばんこ)焼といった伝統工芸が盛んな三重県。若手作家やさまざまなジャンルの職人が移住したりと注目を集めています。今回は桑名市の蒔絵師・山本雄一さんをご紹介。

石取祭りとともに受け継がれる漆塗りの技

山本さん
蒔絵師・山本雄一さんと伝統工芸品「桑名盆」

 三重県北部に位置する桑名市。江戸時代に武将・本多忠勝が初代藩主を務めた伊勢国桑名藩が始まりで、桑名城を有する城下町として栄えた歴史ある町です。当時から町の人々が1年の楽しみとしていた『石取祭(いしどりまつり)』は、400年以上経った現在も受け継がれています。町ごとに所有する30台以上の祭車が独特のリズムで鉦や太鼓を打ち鳴らし、ひとつの神社に集結するという祭車行事は、国の重要無形民俗文化財に指定され、2016年にはユネスコ無形文化遺産にも登録されました。

祭車
“日本一やかましい祭”と称される石取祭の祭車

 日本古来の漆塗りの技法は、そんな伝統あるお祭りとともに歩んできました。

「漆は酸に強く水をはじき腐らない塗膜をつくるので、昔から木材の保護剤として使われてきました。漆をしっかりと塗り重ねた祭車は堅牢で50年以上はもちますね。絵や紋様を描き、祭車を華やかに彩るものとしても、漆は石取祭に欠かせません」。

 そう話してくれたのは先祖代々、祭車に携わってきた塗師・山本翠松を父に持つ蒔絵師の山本雄一さん。今注目の若手漆工芸作家のひとりです。

胴幕蒔絵
祭車にはめ込まれる「胴幕蒔絵」

繊細で雅な蒔絵師という仕事

筆
細い筆で漆をのせる。この上に金粉を蒔く

 一般的に漆塗りといえば、黒や赤で塗られたつるんとした質感のお椀やお盆をイメージする人が多いかもれません。蒔絵師は、その表面に飾りを施す加飾技法の職人。1200年ほど前から行われている漆芸の代表的な技法で、漆を塗った表面に細い筆を使って漆で絵を描き、漆が乾かないうちに上から金の粉を蒔きつけて、模様を表します。

金の粉
蒔絵の道具。筒の先はメッシュで覆われ、さらさらと金の粉が振り出される

「蒔いて絵にするからことから蒔絵と言います。蒔絵には大きくわけて、平蒔絵、研ぎ出し蒔絵、高蒔絵と3つの手法があり、漆の塗り方や使い方によって仕上がりの雰囲気が異なります。基本となる平蒔絵は塗りの上に絵柄がのって、カチッとした印象に。それに対して研ぎ出し蒔絵は、ふわっとした霞のような表現ができる手法です。

 高蒔絵は、漆に炭粉を混ぜて盛り上げたところに蒔絵を施すことで、絵柄を立体的に見せることができます。ひとつの手法で完結する場合もありますが、組み合わせることで奥行きが生まれ、作品に深みがでるんですよね」(雄一さん)

蒔絵高杯
月と雲は研ぎ出し蒔絵、亀と岩は高蒔絵で表現。望月緑毛亀蒔絵高坏/2022年

 金粉以外の蒔絵の表現方法として、アワビや夜光貝などの貝殻の真珠質の部分を使う「螺鈿(らでん)」や、卵の殻を粒状に割って漆で貼りつけていく「卵殻」といった自然の素材を使った技法もあり、漆の表現の豊かさに驚かされます。

 雄一さんが手がけたものは、そんな漆の多様性を感じるものばかり。「艶やかな塗りの美しさを見せると同時に、なにか一手間を入れたいんですよね」と雄一さん。

器2作
左/花蜜蒔絵茶器 右/貫入卵殻蒔絵香合 ともに2022年

「焼き物のような雰囲気の漆器をつくりたい」というアイディアから生まれた、ザラッとした風合いの茶器(写真左)。はちみつがとろりと垂れたようなデザインは、高蒔絵の手法です。

「手に取ると陶器ではなく木製の漆器なのでとても軽く、みなさん驚かれます。それを見て心のなかでしめしめと思ってます(笑)。卵殻では通常は殻の薄いうずらの卵を使用しますが、鶏卵を使うことでより白さを強調し、ぼこぼことした立体感を出しました(写真右)」(雄一さん)。

 伝統的な技法に遊び心のあるデザインを取り入れた雄一さんの作品は、今まであまり知られていなかった漆の魅力に気づかせてくれます。

夜光貝
栗木地細螺鈿香合/2022年。夜光貝を使用。

江戸時代から続く伝統工芸品「桑名盆」の復活

盆3枚
当時は足付きのものもあり、御膳として使われていた。現在の桑名盆は右側の簡素化されたもの

 作家として自分の作品を世に出すこと以上に、雄一さんには伝統を受け継ぎ守り続けるという使命があります。「桑名盆」と呼ばれる三重県指定伝統工芸品の漆塗りのお盆もそのひとつ。

「当時の藩主だった松平定信が縁起のいいカブの絵を描かせた桑名盆を幕府に献上したことがきっかけで、かぶら盆として有名になったと言われています。現在はその名残としてカブの絵が描かれたお盆が桑名盆とされていますが、江戸時代に使われていた本来の桑名盆は、お盆の形も漆の塗り方も違います。お盆の縁が立ち上がり、青漆でイジイジ塗りと言われる変わり塗の手法で波のような模様をつけ、外回りの縁は朱漆塗。草花や季節の絵などが描かれたものだったんですよ」と話す雄一さん。

 江戸時代にあった塗りの技術やデザインを形として残していくことは、次の世代へ「正しく」伝統を伝えることに繋がっていきます。

受け継ぐのはものづくりの姿勢

父
工房の横にあるお店『塗師音』で父である6代目山本翠松と。

 父親と机を横に並べ、伝統をひとつひとつ受け継いでいく雄一さん。ゆくゆくは7代目となる雄一さんに、継ぐことへのプレッシャーについて聞くと「深くは考えないようにしています」と言いながらも「でも、山本翠松という名前よりも、父のモノづくりの姿勢を受け継ぎたいと思っています」ときっぱり。

 雄一さんにとって伝統とは、重くのしかかるものではなく、ご自身のなかに脈々と流れているものなのかもしれません。先祖代々受け継がれる伝統技法は、雄一さんの血肉となり次世代の漆工芸を担っていくのだと感じました。

山本雄一
1988年、三重県桑名市生まれ。蒔絵師。
幼い頃から父の仕事の傍らで過ごし、地元の中学を卒業後、石川県立工業高校工芸科に進学。卒業後はさらに漆芸を深めるべく石川県立輪島漆芸技術研修所に進み蒔絵科を専攻する。研修所時代に漆の奥深さを知り、家業の見方が変わる。その後、輪島の工房に所属し働きながら作品づくりにも携わる。13年間の修行の末、桑名に戻り6代目山本翠松の元で漆と向き合う日々。

<取材・文>西墻幸(ittoDesign)

西墻幸さん
1977年、東京生まれ。三重県桑名市在住。編集者、ライター、デザイナー。ittoDesign(イットデザイン)主宰。東京の出版社で広告業務、女性誌の編集を経てフリーランスに。2006年、夫の地元である桑名市へ移住。ライターとして活動する一方、デザイン事務所を構え、紙媒体の制作や、イベント、カフェのプロデュースも手がける。三重県北部のかわいいものやおいしいものに詳しい。