「桑名もち小麦」で地域活性。宿&カフェをオープンし持続可能な取り組みを

伊賀焼、萬古(ばんこ)焼といった伝統工芸が盛んな三重県。若手作家やさまざまなジャンルの職人が移住したりと注目を集めています。今回は三重県桑名市に宿&カフェを経営する保田与志彦さんをご紹介。

桑名宿にカフェ&ホテル「ムギノワ」をオープン

ムギノワ
「運河ノホトリノCAFE&STAY ムギノワ」にて。オーナーの保田与志彦さん

 三重県の北部に位置する桑名市。伊勢湾に面し、伊勢湾岸自動車道や大阪・京都方面へと続く名阪国道、東海道新幹線などアクセスに恵まれた町です。

 桑名の地の利のよさは江戸時代から。伊勢国の東の玄関口と言われた東海道42番目の宿場「桑名宿」として、陸路と海路の両方から訪れる旅人たちの旅の疲れを癒す宿場町でした。

 そんな桑名で歴史をなぞるようにオープンしたのが、1階が宿泊、2階がカフェとなった「運河ノホトリノCAFE&STAY ムギノワ」です。

「昔の地図を見ると、ちょうどこの土地には今のように運河が流れ、料亭と宿があったようです。図らずもリンクすることがわかって、なんだか運命を感じましたね」と話すのは、ムギノワのオーナーであり、江戸時代から桑名の地で商売をしてきた「保田商店」の保田与志彦さん。

昔の地図
当時の様子を記したもので赤枠が「ムギノワ」の場所。料理や、宿やと書かれている

 200年以上続く「保田商店」ですが、始まりは材木商だったといいます。それから、両替商、飛脚、糖粉商と内容は変わり5代目から現在の食材卸問屋になったそう。

 14代目となる保田さんは、従来の食材を取り扱う「保田商店」と、ちょっと珍しい食材や素材を扱う「素材舎」の2つの会社を経営しながら、カフェや宿泊業務を手がけるというアクティブさ。「ご先祖様もいろんなことをしてきたと知って、なんだか背中を押してもらったような気がして」と保田さんは楽しそうに話しました。

試行錯誤して「桑名もち小麦」の栽培に成功

麦畑
美しく色づくもち小麦の畑

 そんな保田さんですが、家業に入った当初は旧態依然とした問屋の仕事にとても戸惑ったそう。それもそのはず、大学から地元を出て宇宙航空工学を学び、大手自動車部品メーカーの生産ラインの設計という時代の先端を経ての、家業。

「なんてつまらない会社なんだ!と思いましたよ(笑)。でも長男として責任があるからたたむなんてできない。なんとかしてこの環境を楽しめないかなと考えていましたね」

 そんななか、ターニングポイントになったのが、現在の仕事の核となっている「桑名もち小麦」との出会いでした。
 もち小麦とは、農林水産省の研究機関が1995年に世界で初めて開発した小麦の品種。普通の小麦と比べてでんぷんだけがモチ性に変化したもので、もちのように柔らかくてもっちりとした食感が味わえる珍しい小麦です。

「ネットでおもしろいものを売りたいと思って探していたときに、もち小麦のことを知りました。こんなユニークな小麦があるんだと驚きましたね。でも、当時は本格的に日本でつくっているところがどこにもなくて。だったら桑名でつくろうと繋がりのあった地元の農家さんにお願いしました。東北で開発されたので、暑い桑名では栽培が不向きといわれたり、少し苦味があったりと問題点もありましたが、試行錯誤の末、生産することできたんです」

ふるさと納税に選ばれた桑名もち麦は海外にも進出

パンケーキ
MuGicafeの看板メニュー「桑名もち小麦パンケーキ」

 一方、保田さんはこの桑名産もち小麦を広めることに邁進。「桑名もち小麦」と銘打ってプロジェクトチームを立ち上げ、奥さまと二人三脚で周りの製造業や料理家を巻き込みながらミックス粉やパン、ワッフル、うどん、パスタなどさまざまな商品を開発。繋がりのある店舗に販売しながら、販路拡大のために桑名もち小麦のアンテナショップとして1軒目のカフェ「MuGicafe」を立ち上げ、カフェのスペースを使って民泊もスタートしました。

小麦粉
B to C(Business to Consumer)の発想で作ったミックス粉は現在4種類

「朝食に桑名もち小麦のワッフルやパンケーキを出して、遠方から来た方や海外の方にも食べてもらいたくて。まずは、桑名もち小麦を一口食べてもらうために、ほかにはないおもしろいことができないかといつも考えています」と保田さん。

 その甲斐もあり、15年前にゼロからスタートした桑名もち小麦も、桑名市のふるさと納税返礼品に認定され、三重県を代表する商品として海外に出品されるまでになったのです。

持続可能で年齢とともに変化する仕事をこの場所で繋ぐ

畑イベント
収穫、脱穀、唐箕(とうみ)、製粉まで体験できる収穫祭には毎年多くの人が集まる

 地産地消に加え、イベントやSNSなどさまざまな方法で外に発信するという一連の流れを実現する保田さんには、地域活性や町おこしといったキーワードがよく似合います。

「でも、地域を元気にしようと思っていたわけではないんです。あくまで桑名もち小麦は、今置かれている環境を楽しみ続けるための手段。地域活性でいちばん大切なことも、続けることだと思うんです。一時的では意味がなくて、持続可能であることが重要。それには、あなたはこれをやりなさいだと続かなくて、その活動に対して自分の中からドキドキワクワクを感じられるかどうかなんですよね」

「ドキドキはリスクがあるからこそ」、という保田さんに今後の展望を聞くと…。

「仕事って年齢相応の働き方があると思うんです。このムギノワだって、自分の年齢とともにカフェから介護施設や高齢者のコミュニティの場に変わっていくかもしれない。年老いた自分たちがそのときにできるおもしろいことをやり続けることで、この場所を繋いでいきたいですね」

オーナー
笑う時は思いっきり笑おうと決めた。個性も自分で作ることができると保田さん

 時代の変化によって、あっという間になくなってしまうモノがある一方で、形にこだわらず続けることを大切にしている保田さん。過去と今を繋げ、今と未来を繋げていくことは簡単なことではありません。でも、常に心のアンテナはドキドキワクワクの方向へセット。保田さんの行動力の所以がそこにありました。

保田与志彦さん
1969年、桑名市生まれ。東海大学工学部航空宇宙学科卒業。デンソー勤務を経て、2000年に家業である保田商店に入る。2008年、桑名もち小麦プロジェクトをスタート。2014年に「MuGicafe」を運営する素材舎を設立。2017年には生産者や販売者と共に「桑名もち小麦協議会」を設立。2020年、地域活性化の優れた取り組みを全国に発信する「ディスカバー農山漁村の宝」(農林水産省)に選ばれた。2023年、「運河ノホトリノCAFE&STAY ムギノワ」をオープン。

<取材・文>西墻幸(ittoDesign)

西墻幸さん
東京生まれ、三重県桑名市在住。編集者、ライター、デザイナー。ittoDesign(イットデザイン)主宰。東京の出版社で広告業務、女性誌の編集を経てフリーランスに。2006年、夫の地元である桑名市へ移住。ライターとして活動する一方、デザイン事務所を構え、紙媒体の制作や、イベント、カフェのプロデュースも手がける。三重県北部のかわいいものやおいしいものに詳しい。