米をバイオマスプラスチックに。元スノボ選手が始めた農業で稼ぐ取り組み

高齢化や後継者不足が深刻ななかで、農家はどうやって稼いでいくのか。この問題を意外な方法で切り開こうとしているグループがあります。ご当地グルメ研究家の大村椿さんが取材しました。

街なかでお米を炊く「ゲリラ炊飯」で地元をアピール

羽釜のごはんが炊き上がり

 数年前に知人から「滋賀県におもしろい人たちがいるよ」と教えられました。彼らは、『ゲリラ炊飯』なるものを行っていると。町なかでお米を羽釜で炊きはじめ、それをおにぎりにして、行き交う人にふるまって、地元のお米のおいしさを伝えているというのです。

ゲリラ炊飯と書かれたしゃもじ

 今年のはじめ、私は、香川県の小豆島で行われた業界関係者向けのイベントに参加していました。そこで、大きなしゃもじに書かれた『ゲリラ炊飯』の文字を見つけたのです。そこには、立ち上る湯気を楽しそうに眺めて「オモロいことしたいんです」と言う男性がいました。滋賀県長浜市で米づくりを行う清水広行さんです。

清水さん

 清水さんは、ONE SLASH(ワンスラッシュ)という、2016年に長浜市の旧西浅井町で誕生した幼なじみ5人組の地域グループ代表。地元経済の活性化を目指していろいろな事業を手がけています。農業では『RICE IS COMEDY(米づくりは喜劇だ)』をテーマに兼業農業や地域の楽しさをエンタテインメントとしてSNSで発信しています。

 滋賀県は、兼業農家の数が全国でもトップクラスの多さ。それはつまり、メインの収入は別の仕事から得ていて、農業だけで稼いでいる人が少ないということです。

「きつい、汚い、儲からない……。米農家ってネガティブ要素だらけやったんですよ」。

 清水さんは地元でゲリラ炊飯はじめいろいろなイベントを仕かけ、米農家をポジティブに変換すれば「西浅井で戦える」と考えたのです。今回、私は長浜市の清水さんを訪ねてみました。

地元のお米のおいしさに気づいて米づくりを開始

旧西浅井町の田んぼ

 旧西浅井町は琵琶湖のてっぺんに位置し、山の向こうは福井県という、人口約4000人の小さな町でした。寒暖差があるため、おいしいお米が収穫されますが、全国的にはあまり知られていません。

 清水さんはかつてスノーボード選手でした。ケガで引退することになり、カナダから帰国。福井県や滋賀県での社会経験を経て、30歳で実家の建設業を継ぐためにUターンしました。
 同時に地元で独自の事業も始めるため、友人たちに声をかけて「ONE SLASH」を起ち上げました。ちょうどその頃、地元のお祭りが簡素化されて活気がないことに気づいたそうです。

おもんないと言う清水さん

「俺らが子どものときは屋台も出てワクワクやった。神社は遊び場やったのに、最近の子はその楽しさを知らない。それって大人がサボってるんですよ。雨降りそうやから神輿出すのやめようとか、集められてメシ食って終わりとか。全然おもんない」

 西浅井をなんとかしたい……。そんな気持ちから、ONE SLASHとして春祭りのイベントを提案し、それが予想以上の盛況ぶりに。そこからジビエイベントやマルシェ、地元の竹を使った巨大流しそうめんなど、さまざまな企画を行って町を盛り上げました。

 現役選手時代は日本各地に遠征していた清水さんはあるとき、全国の米どころと比べても「西浅井のお米っておいしかったな」と思い出したそうです。そこで今度は、自分たちで米づくりにチャレンジすることに。

ワンスラッシュの米

 メンバーに米づくりのノウハウはありませんでしたが、周囲のアドバイスを受けながら収穫までたどり着きます。そして収穫したお米を試験場にもって行き、味の可視化をしたところ、有名な米どころは概ね80点台、コシヒカリの最高点が94点というなか、彼らの米は93点という驚くべき数字! 清水さんは「やっぱり味では負けてない」と確信します。

 ただ味だけを競うのではレッドオーシャン(過当競争の市場)過ぎる。そこで自分たちの取り組みを知ってもらい、ファンをつくり、自分たちでお米を販売することで、ブルーオーシャン(競争相手のいない市場)に変えたのでした。

米農家に新しい価値と収入のボトムアップを

田んぼ

 農林水産省によると、昭和37年度(1962年)の国民1人あたりの米の年間消費量は約118kg。それが令和2年度(2020年)には50.8kgと半減。人口減もあって、消費量は確実に減っていきます。

 ONE SLASHのお米が評判になることがうれしい半面、「パイの奪い合いになっていることにモヤモヤしていた」と清水さんは語ります。自分たちのつくったお米が売れると、日本のどこかのお米が売れなくなるというジレンマ……。

ライスレジン

 そこで取り組み始めたのが、資源としての米づくり。バイオマスプラスチック『ライスレジン』をつくるための、材料としての米を栽培することでした。『ライスレジン』にはお米を最大70%まで混ぜることで、石油系プラスチックの含有量を大幅に下げることが可能。植物を原料にするため、カーボンニュートラルにも貢献します。

ライスレジン田んぼ

 現在、こちらの田んぼで試験栽培されているのが、新品種『さくら福姫(モンスターライス4号)』です。稲刈り後に放置して脇から伸びて育った米も収穫できるため、収穫量が通常のお米の3倍ほどになるといいます。

 食べない米を栽培することへの批判もあるそうですが、清水さんは「トータルで米の生産量が増えれば農家の安定収入になる」と考えています。資源としての米をつくることは、新しい価値を創造し、全国の米農家の事業継続や休耕地の課題解決に繋がるのではないでしょうか。

ICTも活用

 さらに、この田んぼでは ICT活用も行われていました。スマートウォッチで給水と排水の管理を行い、水門の開閉コントロールが可能なため、作業がかなり楽になったといいます。

人口4000人の町に年間4000人が訪れるように

ONE SLASH

 ONE SLASHの事業構想は壮大です。兼業農家のメンバー全員がそれぞれの強みを生かしながら、不動産業、アパレル、飲食店、他業種とのコラボなども行っています。
 重要なのは西浅井が盛り上がることだけでなく、新たなビジネスで地元の経済を循環させること、関係人口が増えてにぎわえば、子どもたちが帰って来たい場所になる、という強い思いのもと、活動を続けています。

ライスレジンからつくられたブロック

 いまやライスレジンの取り組みは全国にジワジワ広がり、田植えや稲刈りをイベント化し、近隣の高校や大学との研修、県外の自治体や企業からの視察などを通して、観光地でもない人口4000人のまちに年間4000人が訪れるようになりました。それだけではなく、彼らをきっかけに移住者や就農者も増えています。

 ライスレジンでつくられたおもちゃのブロックや袋からは、やさしい米の香りがしました。「米づくりで地元を盛り上げる」「おもしろいことをしたい」という彼らはまだまだ止まりません。子どもたちが「兼業農家カッコイイ!」「米づくり楽しい!」と憧れる世界は、すぐそこにある気がします。

<取材・文/大村 椿>

大村椿さん/テレビ番組リサーチャー
香川県生まれ、徳島県育ち。2007年よりフリーランスになり、2008年から地方の食や習慣などを紹介する番組に携わる。その後、グルメ、地域ネタを得意とするようになり、「ご当地グルメ研究家」として食に関する活動も行っている。