飯塚市で「木桶」のしょうゆづくりを復活。醸造元の33年ぶりの挑戦

大きな「木桶」でみそやしょうゆをつくる様子は、昔ながらの蔵の風景。その木桶は生産が減り続けており、今や木桶でつくられたしょうゆは全体の1%。しょうゆ蔵が全国最多の福岡県で、木桶仕込みの復活に挑戦するしょうゆの醸造元を取材しました。

プラスチックやステンレスタンクが主流。木桶は1%

醤油蔵の中の木桶

 しょうゆの醸造元は2022年時点で全国に約1055社あり、福岡県は約90社と全国最多です。しょうゆは一般的に協同組合でつくられるしょうゆや麹を購入して加工しますが、福岡県では約20社が、自社で麹づくりや醸造に取り組んでいます。

 20社のうちのひとつ、福岡県飯塚市にある大正後期創業の「金芳(かねよし)醤油醸造元」は2022年、33年ぶりに「木桶仕込み」を復活させました。現在のしょうゆづくりは、ほとんどの醸造元が主にFRPタンク(ガラス繊維の入った強化プラスチック)やステンレスタンクを使用しており、木桶を使用しているのは約1%です。

 金芳醤油醸造元は35年前に炭鉱の地盤沈下の影響から蔵を建て替え、そのときに木桶を廃止してFRP樹脂タンクでの仕込みに切り替えました。しかし4代目の奥田桂三さんは木桶でのしょうゆ仕込みにずっと興味があったそうです。

 奥田さんは大学卒業後、農薬や化学肥料を使用しない自然農法にチャレンジした経験から、持続可能な暮らしの必要性を実感。しょうゆづくりに必要な大豆や小麦は地産地消、無農薬栽培、天日塩にこだわっています。同時に、可能な限りリサイクルを心がけ、リサイクルできないものは自然に返すことを大切にしていました。そして、木桶はそれができると考えたのです。

木桶仕込みが減ったワケと、復活の勢い

蔵の中に木桶が二つ

 木桶でのしょうゆづくりが少ない理由はいろいろ考えられます。ひとつは、しょうゆやみそを仕込む「大桶」を手がける桶屋が戦後減り続けたことです。残っている桶屋は現在1社のみ。木桶は一度つくると100年もつといわれ、修理も可能なため注文が減っていき、桶用の竹を取る職人がいなくなり、2011年には桶材を削る道具をつくる鍛冶屋がなくなりました。さらに木桶職人も高齢化し、跡取り不足にもなっていました。

「そのほかに、衛生面と工業化による大量生産の流れもあるように思います」と奥田さん。現在主流となっているFRPタンクやステンレスタンクでのしょうゆづくりは、仕込む前にタンクを洗浄し、菌も一緒に洗い流してしまいます。そこに新しいもろみを仕込み、味の決め手となる菌を添加して醸造するため、常に同じ品質のしょうゆがつくれます。

 その点、木桶は桶につく微生物が蔵ごとに異なり、しょうゆをおいしくさせる微生物と邪魔をする微生物を完全にはコントロールできないため、同じ品質のしょうゆをつくることが難しいといわれています。サイズが限られ、メンテナンスも難しいために大量生産は向いておらず、コストがかかることも、木桶から移行していく理由に。

蔵の見学の様子

 そんな状況を打開しようとする動きが2012年に始まりました。小豆島の醤油蔵が「木桶職人復活プロジェクト」を起ち上げ、毎年1月に「木桶サミット」を開催。全国のしょうゆ、みそ、酒を木桶で仕込む職人や、木桶をつくる職人のほか、酒屋、食・健康関係者、メディア関係者が集まり、貴重な情報交換の場になりました。木桶でのしょうゆづくりにまだ迷いがあった奥田さんは、このプロジェクトで刺激を受け、踏みきることができました。

 サミットでは、オークションで木桶を購入することもできます。出品されるのは、「木桶職人復活プロジェクト」で職人が一からつくり上げ、小豆島のヤマロク醤油が何年か使用した木桶です。
 2022年のオークションでは例年より多い9つの木桶が出品され、奥田さんは4つ購入しました。ひとつは高さ約2m、底板約2mの20石(3600リットル)の木桶、そのひと回り小さい17石(3000リットル)の木桶が3つです。早速、2022年から年に1本ずつ仕込み、現在は3本が稼働中です。

木桶しょうゆのおいしさと、今後の挑戦

お披露目会の様子

 毎年10月1日の「しょうゆの日」付近の休日には蔵開きをし、その年にしぼる木桶しょうゆをお披露目します。2022年に木桶で仕込んで2年間熟成させたしょうゆのお披露目会が、今年の4月末に開催されました。蔵には地域や取引先など多くの人が訪れ、蔵の見学もあり、木桶しょうゆを味わう食事も準備されました。

しょうゆのラインナップ

 2月頃に仕込み、夏過ぎにしぼる淡口しょうゆは、華やかな香りでフルーティーな味わいです。翌年には熟成が少し進み、深みが出ながらも軽やかに。そして2年の熟成を経ると、芳醇な香りに丸みのある濃口しょうゆになります。お披露目会で味見したお客さんからは、とてもおいしいと好評でしたが、奥田さん自身にはまだまだ改善点があるそうです。

 たとえば、しょうゆづくりに必要な麹は麹蓋とよばれるケースに入れ、室(むろ)という専用の部屋で仕込むのですが、現在は両方FRP素材のため、いずれは木でつくりたいとのこと。麹蓋だけでも100㎏の麹をつくるのに約200枚は必要な計算です。均一の麹をつくるには管理がさらに大変になりますが、奥田さんはそれも楽しいと考えています。

 どこまでも挑戦を続ける奥田さんの手から生まれる、その年ごとに違う風味の木桶しょうゆは、毎年の楽しみになりそうです。

<取材・文/谷川美雪>