北海道札幌市で生まれ石狩市で育ち、東京や中国・天津市でもさまざまなキャリアを積んだ後、2021年の暮れに北海道天塩町へ移住。現在は地域おこし協力隊として活動する三國秀美さんが、日々の暮らしを発信します。今回は、森林資源とその利活用を支える陸別町地域おこし協力隊OBの日向優さんについてレポート。
地域おこし協力隊OBがトドマツの精油づくりに挑戦
北海道が森林資源で経済を循環させていた歴史は古く、かつては漁業に次いで北海道の開拓を支えました。全長256kmにわたる天塩川の河口に位置する天塩町は木材の生産に加え、その流通の拠点として栄えましたが、日本が人口減少傾向にあるなか、天塩町も同じ傾向をたどっているのは事実。新たな経済活性化の足がかりを必要とし、環境も加味した資源利活用に焦点を当てて精油(エッセンシャルオイル)の試作に乗り出しました。
現在、その試作を支えているのは、陸別町地域おこし協力隊OBの日向優さん。任期満了とともに陸別町に定住して「種を育てる研究所(タネラボ)」を起業し、同業のパートナーである妻と、薬用植物やハーブの栽培から商品開発まで一貫した本物志向を目指しています。
「精油は大量には生産できませんが、喜んでもらえる人の手に届いてほしいという願いを込めてつくっています。また、薬用植物やハーブに興味をもつ人と自分たちの商品が出合ってほしい。その思いが仕事のモチベーションになっています」(日向さん)
北海道大学薬学部卒業後、薬剤師免許を取得し、大学院で生命科学の博士号を取得。その間にマサチューセッツ工科大学(MIT)に留学するなど、知識と経験豊富な日向さん。ゼロからビジネスをおこす「タネ」となりたいという仕事への姿勢には私も感化された、尊敬する先輩です。
2017年に製薬会社を辞め、薬用植物の試験栽培を始めた陸別町の地域おこし協力隊に。自ら起業し商品化した陸別町産トドマツ「りくべつのかおり」が、こうして天塩町ともご縁をいただけたことは、協力隊という共通ブランドがあったからこそだと感謝せずにはいられません。
「トドマツの精油は抽出直後だと少し泥っぽい香りで洗練されていません。時間を置くことでシャープさのなかにまろやかさが出てきます」と、日向さんは香りの変化についても丁寧に教えてくれます。
天塩町農林水産課の職員とともに精油をつくる工程の確認やフィールド見学、そして北見工業大学の同行見学を兼ねてタネラボを訪問したのは9月。ちょうど薬用植物のトウキを見ることもできました。
「トウキ(当帰)」は漢方薬として多用されるセリ科の多年草。日向さんのフィールドでは種の採取のため、3年目まで栽培するとのこと。日向さんはさらにそのトウキの葉を使い、蒸留酒「天使のジン」まで開発しました。
大きな窯で行う精油づくりは体力勝負
天塩町が依頼した試作は、日向さんが研究協定を交わしている北見工業大学のオホーツク農林水産工学連携研究推進センターにて水蒸気蒸留法で行われており、当日はセンター長の新井博文先生に案内をお願いしました。
窯に入れる植物の量はおよそ200リットル。160cmサイズの段ボール箱で8箱程度の天塩町産トドマツ枝葉を準備します。枝葉といっても季節や状態で精油の香りに違いがあり、また、その粉砕状態によって抽出できる精油の量が変わってくるそう。
私たちが通常、商品として手に取る精油のビンは箱に入って香りもよく、おしゃれな印象がありますが、見えない製造過程は体力勝負。「精油抽出後の窯からすべての植物を取り出し、洗浄するのは大変な作業」と日向さん。窯は底を手で触れることも難しい大きさで、今回の見学があったからこその学びでした。
天塩町は、精油のリラックスや免疫力向上などの効果に期待。役場エントランスのほか、インフルエンザ予防接種実施期間の天塩町立国民健康保険病院で、試作品を使った香りの体験を提供しています。その際に行ったアンケート調査では、受診者のほか、医療関係者からも「購入できるとうれしい」と手ごたえある回答が。天塩町の香りとしてみんなの笑顔につながるよう、これからも細かな調整を続ける予定です。
<取材・文・写真/三國秀美>
【三國秀美(みくにひでみ)さん】
北海道札幌市生まれ。北海道大学卒。ITプランナー、書籍編集者、市場リサーチャーを経てデザイン・ジャーナリスト活動を行うかたわら、東洋医学に出会う。鍼灸等の国家資格を取得後、東京都内にて開業。のちに渡中し天津市内のホテル内SPAに在籍するも、コロナ感染症拡大にともない帰国。心機一転、地域おこし協力隊として夕日の町、北海道天塩町に移住。