北九州で築100年の空き家を雑貨店&カフェに。洋館と日本庭園が見どころ

日本全国の空き家が過去最高の900万件を超え、社会問題化しています。政令指定都市の平均を上回る空き家件数が課題の福岡県北九州市。ここで築100年の古民家を、洋菓子店と雑貨屋として再生した店主を取材しました。

瓦屋根の日本家屋と洋館をアンティーク雑貨&カフェに再生

洋館と日本家屋全体

 北九州市は人口90万人超の政令指定都市で人口減少が続き、高齢化率は30%超と政令市のなかでも高水準、空き家件数は8万件にものぼります。そんななか、北九州市小倉北区赤坂の閑静な住宅街に築100年以上、茶室をあわせもつ日本家屋と洋館が隣り合わせの古民家を再生させた、雑貨カフェがあります。

洋菓子・赤坂くるむ &6W 1932.枇杷屋(ロクワット.ビワヤ)&HEDGEHOG(ヘッジホグ)」は、通りを少し入った場所にひっそりとたたずむ雰囲気のある建物。三角屋根が印象的な洋館は1階が洋菓子店赤坂くるむで、2階がアンティーク雑貨のHEDGEHOG、瓦屋根の日本家屋は焼き物と骨董などを売る6W 1932.枇杷屋。和洋折衷の建築は大正時代に多く建てられた文化住宅を思わせます。

 店のオーナーはほぼ廃屋となっていた古民家を約3年かけて再生し、今もメンテナンスを続けながら営業しています。そのこだわりが評判を呼び、古いもの好き、古民家好きが遠方からも訪れるそう。60代から古民家再生に熱意を傾けるオーナーの思いを取材しました。

新しいもの好きが一転、古いものの価値に目覚めて

店内に所せましと置かれたビンテージ家具や雑貨、古着
店内に所せましと置かれたビンテージ家具や雑貨、古着

 若い頃は新しいもの好きで、自宅は白や黒のモダンなインテリア、モノはなるべく捨ててスッキリと暮らし、身につけるものは必ず新品だったというオーナー。

 現在のような考えに変ったのは、洋服屋を創業してアメリカへ服を買いつけに行き、ラルフ・ローレンのディスプレイを見て衝撃を受けたことがきっかけでした。ビンテージのソファーや小物と一緒に飾られた服がものすごくカッコよく見え、古いもののよさに感銘を受けたそう。

 そこからは古いものでもなるべく使う、補強をすることで残すなど、大切にするように。古いものがもつ、一度壊したら二度と人の手でつくることはできない、つくろうと思ってもつくれない趣が最大の魅力といいます。

レトロな椅子やミシンが置かれた店内

 今では家でもものでも、活用されずに処分されてしまうと、いてもたってもいられなくなるというオーナー。60歳を前に、洋服屋は次世代に譲り、集めていた雑貨や自分好みの焼き物、骨董屋を営んでいた実家の蔵にたくさん眠っている古いものを生かしたお店をつくりたい、と思うようになりました。

 そうして2012年から、理想の店のイメージに合う古民家探しをスタート。しかし、自分の足とネットを駆使していろいろと見てまわりましたが、空き家はたくさんあっても、なかなかイメージどおりの物件に出合えません。探すこと6年、2018年にたまたま道路から気になるとんがり屋根を見つけました。

一目ぼれした玄関のタイル

 見た瞬間にその物件のよさが分かり、すぐに不動産屋に問い合わせて内見。現在の6W 1932.枇杷屋の広間と、洋菓子・赤坂くるむのタイル張りの玄関がひときわ気に入り、購入を決意しました。

古民家ならではの歴史的魅力がたくさん。修繕は大変

日本庭園
当初は埋もれて荒れ果てていた日本庭園

 運命の出合いはしたものの、この物件は4年も空き家だったために荒れ果てた状態。庭や家の周りは草木が生い茂り、足を踏み入れるのも一苦労だったそう。せっかくの日本庭園も雑草などに埋もれていたので、掘り起こすことからスタート。家屋も雨漏りなどで劣化がひどく、修繕にかかった期間は約3年半、店をやろうと思い立ってから12年もかかりました。

 修繕の際は物件探しのなかで養った古民家の間取りや構成の知識を生かし、建物に詳しい知人などの協力をあおぎながら、自分が理想とする空間を根気よくつくりあげました。
 
 たとえば焼きものを陳列するための広間はもともと畳敷。床板を張りたかったのですが、正規の値段ではとても手が出ない量です。そこに仕事関係者が声をかけてくれ、風合いのいい板を譲り受けることができました。工場で使用していた頑丈なもので、長年使われたからこその色味がなんともいえず、古い和室にマッチしています。

大きな窓越しに見る日本庭園

 庭園を眺める大きな窓のガラスは手作業でつくられていて、表面が波打っています。戦前につくられたもので1枚ガラスとして残っているのはとても貴重だそう。窓を横から眺めると波うつようなやわらかい表情を見ることができます。

天井とレトロな照明

 天井を支えている垂木(たるき)は、明るい茶色は新しく取り替えたものですが、それ以外は当時のものをそのまま使用。修繕をなるべく最小限に抑えるというオーナーのこだわりが見えます。
 店を始めてからも修繕は必要で、とくに苦労しているのは雨漏り。屋根の形状を昔のままに保とうとすると根本的な解決が難しく、修繕にかかる費用もバカにならないそう。

小窓の着いた茶室

 奥にある茶室はもう少しで修繕が完了し、客席として使用できる日も近いようです。昔のものをそのまま残し、そのよさを生かすことで、落ち着ける、ついつい長居したくなる雰囲気に。大人にはどこか懐かしい、若い人には新しいと思ってもらえるような場所です。

日本庭園を眺めながらおいしいスイーツを食べる幸せ時間

左からキャラメル、ストロベリー、京抹茶味のオムレットと、チョコクリーム、キャラメルナッツ、京抹茶味のエクレア

 洋菓子・赤坂くるむでは、オムレットとエクレアを販売。テイクアウトのほか、6W枇杷屋のイートインスペースでいただくことができます。キャラメル、ストロベリー、京抹茶味のオムレットと、チョコクリーム、キャラメルナッツ、京抹茶味のエクレアを試食。

ソファから眺める日本庭園

 口に入れると、オムレットはふわふわな生地にやさしいクリームが味を引き立て、エクレアは甘いクリームが詰まっていても重くはなく、両方ともシンプルな味わいで何個でも食べたくなりました。日本庭園の木々を眺めながら、どこか懐かしい空間でおいしいスイーツを食べるのは、幸せでほっとする時間です。

焼き物やストーブ、カウンターがなじんだ空間

 すぐ横にはオーナー自ら買いつけた年代物のアメリカのストーブが並べられたコーナーが。決して安くはないけれど、昔のデザインは、とてもおしゃれで見るだけでも楽しいものです。作家さんに直談判して卸してもらっているという焼き物や、レトロな雑貨の数々、モダンなレジカウンターも自然と空間になじんでいます。

ショーケースに入れられたお皿やティーカップ
HEDGEHOGの雑貨

 洋館2階のHEDGEHOGは日本の古民家から古い欧米の住宅に迷い込んだような、レトロな雰囲気で、また違う魅力があります。現在はオープンしない日も多いそうですが、外から見るだけでもうっとりの和と洋の世界観と、おいしいスイーツまで楽しめる、ぜいたくな場所であることは間違いありません。

 今後も古いものを守っていくためのオーナーの努力や工夫は続きます。築100年の古民家を雑貨店&カフェとして新たに再生させる取り組みは、空き家問題の解決になるだけでなく、歴史の趣を未来へ残すことにも。訪れる人々に癒しと新しさを提供するこの場所が、古きよきものの価値を伝えていく場として今後も存在することを願っています。

<取材・文/園田愛莉>