ポートランドと日本の醸造家がタッグを組んで、気仙沼に新しいクラフトビールの醸造所をつくりました。コロナウィルスの影響で醸造が延期されてしまいましたが、彼らは前を向いて新しい取り組みを始めています。ご当地グルメ研究家の大村椿さんが紹介してくれました。
気仙沼に黒潮をイメージした、クラフトビールの醸造所が誕生!
東北地方にも春がやって来て、宮城県気仙沼市は桜の季節を迎えました。そんなこの地に新たなムーブメントが起きようとしています。ここにクラフトビールのブリュワリー(醸造所)「BLACK TIDE BREWING(ブラックタイド ブリューイング)」が誕生したのです。「今年最も注目度の高いブリュワリー」とも言われ、熱い視線が注がれています。
この「BLACK TIDE BREWING」という名前は、世界3大漁場として名高い三陸沖に流れ込む 「黒潮」 をイメージして名付けられたそうです。3月初旬には他県の醸造設備を借りたOEMで、BLACK TIDE BREWINGとして初のオリジナルレシピでSouthern Expedition IPAを仕込みました。そして、2020年3月31日にはビール製造免許が交付されたばかりです。
ポートランド仕込みのノウハウを活かして世界に誇れるクラフトビールを
ヘッドブリュワーで醸造責任者であるアメリカ人のジェームズ・ワトニーさんは、オレゴン州ポートランドで13年間クラフトビールの醸造に携わっていました。ポートランドは今世界中から注目を集めているエリアで、クラフトビールの聖地とも言える場所です。オレゴン州は、材料となるホップの生産が全米2位で、良質な水にも恵まれているおかげで、ポートランドにはクラフトビールのブリュワリーが70カ所以上あるのです。
ジェームズさんはポートランドでも有名なCulmination Brewingでプロフェッショナルトレーニングを経験してきました。そんな彼は日本の歴史や文化に興味を持って日本を訪れ、国際ビールコンペティションで金賞を受賞したブリュワリー・伊勢角屋麦酒(三重県伊勢市)で研鑽を積んでいきます。その後、自然と人々の魅力が溢れる気仙沼に魅了されて移住を決意したのだそうです。
一方、営業部長兼ブリュワーの丹治和也さんは新潟県出身で、自動車の設計の仕事をしていました。3年ほど前にクラフトビールの世界に飛び込み、国内数か所のブリュワリーで勤務。ボランティアとして被災地を訪れているうちに、東北で暮らすことを決意したそうです。そんなお2人がタッグを組むことになり、気仙沼で「世界に通用するクラフトビールを作ろう」と活動を開始。そこへ東日本大震災による大津波から復興を目指した気仙沼の企業や飲食店、街づくりに携わる人たちも立ち上がったのです。さらに、全国のブリュワリーや飲食店からの協力を得て、このプロジェクトは動き始めました。
気仙沼に忍び寄る新型コロナウイルスの陰
震災から9年という月日が経ち、街の復興もずいぶん進んできました。ところが、4月に入り、気仙沼の地にも新型コロナウイルス(COVID-19)の影響が出始めました。気仙沼市内には、陸中海岸国立公園の中にある離島の「大島」があり、島と街を結ぶ気仙沼大島大橋が開通してちょうど1年が経ちます。2019年には60万人を超える観光客が大島を訪れており、今年は更なる集客を見込んでいた矢先にこの騒ぎです。気仙沼市全体でも宿泊や宴会などのキャンセルが相次ぎ、市内への観光客はグッとダウンしてしまいました。
BLACK TIDE BREWING でも、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、初醸造を延期することとなりました。4月29日にはお披露目会のイベントが行われる予定でしたが、こちらも残念ながら開催延期が決定。日本中で外出自粛が叫ばれる状況下ですから、苦渋の決断だったことでしょう。ひと足先に営業を開始していた併設のパブ「TAP ROOM(タップルーム)」では、地域の新しいコミュニティとなる場所として、日本全国・世界各地のクラフトビールを提供。フードは持ち込み可なので、お隣りで営業している魚屋さんのお刺身を購入したり、これまたお隣りさんの青果店が簡単なおつまみを作ってくれていたそうです。ですが、そのパブも現在営業自粛となってしまいました。
世界的なコロナ禍を気仙沼の缶ビールで乗り越えよう!
このような情勢を鑑みて、BLACK TIDE BREWING では、予定していた缶ビールの製造を早めようとしています。缶ビールはクオリティやデザイン面でも世界的なトレンドであるようです。世界的なコロナ禍の中、ポートランドのパブも臨時休業を余儀なくされているようですが、テイクアウト用のお料理と缶ビールの販売を行っているお店もあるそう。缶ビールだと、買って帰ることもできますし、何よりお取り寄せができるので、遠く離れていても購入することができますよね。ビールのレシピはもちろんのこと、資材調達やラベルのデザインなどを進めているとのこと。そして、初醸造を行うべく再び動き始めました。パブのTAP ROOMでは、新型コロナウイルスの感染拡大状況を加味して、近日中に営業再開予定です。さらに、缶ビールができるまでの間、テイクアウト用のビールの量り売りも順次スタートすることになりそうです。
このプロジェクトを支援するために人々も動いています。自宅でBLACK TIDE BREWINGの缶ビールを楽しむべく、4月17日までクラウドファンディングが行われていました。もちろんリターンは醸造されたクラフトビール! そのほかに、非売品のTシャツやグラスなどのオリジナルグッズ、ビールの仕込み体験などもあります。4月17日にクラウドファンディングが終了し、318万2000円が集まりました。その資金を元にカンニングマシン(缶にビールを詰める機械)を購入して、早急に缶ビールを生産していく予定です。
BLACK TIDE BREWINGの丹治さんは「南から北へ昇っていき、そして広大な太平洋へ……そんな勢いのある黒潮のように、私たちは、ここ気仙沼から日本全国、そして世界へと最高のクラフトビールを発信していきます」と語ってくれました。
気仙沼のカルチャーとコミュニティから生まれるクラフトビールが世界に誇れるビールとなり、みんなで乾杯できることを願っています。
<取材・文/大村椿>
テレビ番組リサーチャー・大村 椿さん
香川県生まれ、徳島県育ち。2007年よりフリーランスになり、2008年から地方の食や習慣などを紹介する番組に携わる。その後、グルメ、地域ネタを得意とするようになり、「ご当地グルメ研究家」として食に関する活動も行っている