「町おこしは自己満足でいい」Uターンした若者がふっきれたわけ

「地元を盛り上げよう!」とがんばっているのに、周囲から冷ややかな目を向けられてしまった、という話をしばしば耳にします。東京から地元に戻り、酒蔵を継いぎつつ、茨城の真壁で町おこしを始めた西岡勇一郎さんも若いときにそんな経験をしたそう。でも20年経って、今は「町おこしは自己満足でいいんだ」と考えるようになったといいます。そう思うようになった経緯を教えてもらいました。

町おこしに関わる人全員が共通の価値観をもつわけじゃない

町おこしの音楽イベント

 全国でさまざまな町おこしの取り組みが行われています。それに取り組んでいる人たちはみんな一生懸命がんばっていますが、なかには「ただの自己満足なのでは?」と冷ややかな目を向ける人がいるのも事実です。
 私も20年近く、地元の町おこしにかかわってきましたが「これは自己満足にすぎないのかも」と悩むことは何度もありました。

 でも、今は「自己満足でも構わない」と思い、まわりの人たちにもそう伝えています。今回は、私がこう思うようになった経緯について書いてみたいと思います。

 町おこしというのは、簡単にいうと「わが町自慢」ですよね。「町おこしをしよう」と思い立った場合、わが町自慢を展開するために、志の高い老若男女が町のいいところ探しを始めるようになります。
 
 これ自体はすばらしいことです。町をよくするためなのですから、そもそも否定するところはどこにもありません。ただこのときに「町おこし」という漠然とした目的を達成するにあたって、それを志す人々が共通の価値観をもっているわけではない、ということを理解する必要があります。

「造り酒屋の若旦那が…」と冷ややかに見られたことも

蔵に飾ったひな人形

 私は造り酒屋の跡取りです。江戸時代末期の創業なので、そこそこの老舗といえるでしょう。そんな造り酒屋の跡取りが町おこしに乗り出せば、注目もされます。小さな取り組みでも「老舗の造り酒屋の若旦那が…」という書き出しはメディア的にはもってこいのようで、地元の新聞などに取り上げられたこともありました。

 でも、造り酒屋の跡取りとして生まれたからといって、生まれながらにして町のことを第一に考えてきたわけではありません。周囲に流されるように大学を卒業して、普通に就職活動をして、一般企業に勤めてから家業を継ぐことになった、ごく普通の若者でした。

 さらに若旦那といっても大手の酒蔵とは違い、大半の地酒屋は経営・営業・開発・製造・びん詰め・包装・配達となんでもこなさなくてはなりません。正直なところ、町おこしのことを第一になど考えているヒマはないわけです。

 それでも、地酒の酒蔵の存在意義を考えたときに、「気候風土・水・米・人・歴史」など、地域の恩恵があってこその商売だと気づいたのです。町おこしをがんばることが、本業である酒づくりにもしっかりと関わってくるのだと。

 そこから、町おこしに興味をもって本腰を入れ始めるわけですが、造り酒屋の若旦那の立ち位置はどうやら少し異質なようでした。私の活動は大半の市民からは受け入れられるのですが、元来町おこしに積極的な重鎮の一部からは批判的な態度をとられてきました。

 今まで活動してきた重鎮たちにしてみれば、これまでの方向性に横槍を入れる若造が酒蔵の看板を使って暴れるわけですから、いくらかおもしろくない部分があるのでしょう。(あとでよくよく聴くと、そんな彼らも若かりし頃は同様に若造扱いされて、批判されていたりするのですが・・・)。

「ひなまつりで儲けている」と言われて奮起した

ライトアップされたひな人形

 たとえば、こんなこともありました。地元の真壁町では毎年2月から3月にかけて「真壁のひなまつり」という取り組みを20年近く行っています。これは、古い町なみを見学に来てくれた方々をおもてなしするために、この季節は店先などにひな人形を飾って「寒いなか来てくれてありがとう」という気持ちを表したものです。

 3年目くらいから参加した私は、当初町の中心部にある古民家を借りてひな人形を飾り、お酒も販売していたのですが、「西岡は町の中心部で相当儲けている」という評価を受け始めてしまったのです。そこで仲間たちと話し合い、自社のあいている蔵を使って、古い建物を活かした創造性あふれるひな飾りを展開するようにしました。

 商店の店先にただ飾るだけでよかったのは10年目まで。それ以降はお客様の目も肥えてきて徐々に来訪者数が減少してきました。そして、われわれの取り組みは毎年来てくれるリピーターのお客様たちに「真壁のひなまつりは西岡本店に来るだけで十分」と言ってもらえるくらい、高評価をいただけるようになったのです。いろいろ雑音はあったのですが、観光客が求めているものがなんなのかを常に考えて、常に変化をしてきたわれわれの仲間の努力が実を結んだと思っています。
 

「自分が楽しめるか」「子どもたちが楽しめるか」を活動の基本に

子どもたちが引く山車
 
 当初は重鎮たちのそのような仕打ちに対して、落ちこんだりグチを言ってみたりしましたが、私の取り組んでいる内容について周囲からの評価はそこそこ高いわけです。そして、私は町おこしというのは「町をよくしたい」と考えたうえでの活動であれば、すべてが町おこしにつながるものだと思っています。100人いれば100とおりの町おこしがあってしかるべきです。

 ということで、基本的にはネガティブ思考な私ですが、突き抜けることにしました。自分が取り組んでいることの正解・不正解を考えるのではなく、自分と仲間が楽しめるかどうかを基準にすることにしたのです。
 そして、もう1つ大切なことは子どもたちが目いっぱい楽しめるかどうか、です。たとえば私にとって、夏祭りでの子ども山車の引き回しは忘れられない思い出ですが、そのお祭りは今も続いていて、山車を子どもと一緒に楽しんでいます。そしてきっと、子から孫へ語り継がれる体験になることでしょう。

祭りの夜の山車

 これが町おこしの真髄だと思います。子どもたちが帰ってきたくなる町づくり。子どもたちが地元を自慢したくなる町づくり。誰の目を気にすることなく、自分が信じた道を進めば、必ず見えてくるものがあると思っています。

 町おこしに成功の方程式などありません。まずは、自分や仲間が楽しめる「自己満足」から始めてみることをオススメします。

<文/西岡勇一郎>

西岡勇一郎さん
茨城県桜川市真壁町の酒蔵、西岡本店社長、桜川本物づくり委員会。大学卒業後、一般企業勤務を経て実家の酒蔵を継いで以降、酒造りと並行して、20年に渡り真壁町の町おこしに携わってきた。