仕事優先じゃダメ。移住先の決め手になった2つの大切なこと

「北海道に移住したい!」と思い立ち、移住先を探していた瀬野さん夫妻。夫は会社を辞めて、新たに林業を始めようと考えていました。そんなとき、イベントである町の担当者に声をかけられたことがきっかけで、仕事を優先した候補地探しを考え直すことに。結果的にそれがよかったという顛末を教えてもらいました。

仕事優先で移住先を探しても、その町を好きになれなかった

北海道の原野

 ある日、東京国際フォーラムで開催されていた森林の仕事ガイダンスに行った私たちは、現場で働いている方のトークショーを見たり、各ブースで相談をしたり、林業の仕事について、見て、聞いて、たくさん情報収集しました。林業の仕事をするために必要な資格が国の助成金でとれることも知ったので、夫は当時働いていた会社に相談。2週間の休みをとり、札幌で行われる林業研修に申し込みました。

 同時に移住先は、林業の盛んな町を中心に探し始めるようになったのです。しかし、それは結果的には失敗でした。仕事先を優先に探しても、それ以外のところで「ここがいい!」と思える場所を見つけられなかったのです。

子育てを優先したい。手厚い子育て支援が好印象に

こども園の様子

 その日も、林業の仕事が多い町をリストアップして話を聞いて回っていました。そしてある町のブースの前を通り過ぎたとき、声をかけてもらったのです。それが上士幌町でした。私はその当時、子どもを抱っこひもに入れて、会場を回っていました。移住担当の方は、あえてそんな私たちに声をかけてくれたのかもしれません。なぜなら上士幌町は「子育て支援」に力を入れている町だったからです。

 私たちは、現在建設中という「こども園」の説明から、町が子育て支援としておこなっているいろいろなことを伺いました。幼稚園、保育園料が無料なこと、保育園から高校まで、医療費が無料で、その間ずっと地元食材を中心に使った給食が出ること、新築を建てる場合は、子ども1人につき100万円の補助が出ることなどなど。

 写真で見せていただいた、建設中のこども園の広々とした雰囲気もとても魅力的でした。できたらたくさんのお友達と遊んでほしいし、いろんな人との付き合いを大事にしてほしい。町の人口に対して子どもの数が多いのも、上士幌町がいいなと思った理由の1つです。

地域の人たちが子育てに参加する環境がうれしい

給食とメニュー

 今までいろいろな町を調べては想像して、「憧れの北海道生活」に夢を見てきた私たちですが、ここでお話しを伺ったとき、「憧れ」とか「夢」とかではなく、「現実的」に住んでいる自分たちを想像することができました。そして、そこでやっと大事なことを思い出したんです。私たちが移住に求めていたことは、家や仕事ではなく「子育て環境」だったことを。

 現在6歳と4歳の子どもたちも、あの当時建設中だったこども園に毎日元気に通っています。保育園の裏側には、ほろんの森という思いっきり泥遊びや石垣登りができる場所も完成、みんなで川をつくったんだよーとか、石垣一番上まで登れるようになったよ!と帰ってくるとうれしそうに話してくれます。明日はまちなか農園に大根を掘りに行くそうです。

 上士幌町には、親と教師のPTAではなく、親と教師と地域の人(community)がみんなで子どもたちの成長を見守るPCTAという取り組みがあり、地域の人や企業が、授業や活動にたくさん参加してくれています。同い年のお友達だけではなく、いろんな人が子どもたちに声をかけてくれる。そんな環境で子育てができることを、とても幸せに感じています。

移住コンシェルジュの存在も決め手になった

雪の中を歩く子ども

 もう一つ上士幌に引かれた理由があります。それは「上士幌コンシェルジュ」の存在です。私たちはブースで説明を聞いたあと、「聞きたいことがあったら連絡をください」と、名刺をいただきました。そこに書いてあったのが「上士幌コンシェルジュ」という言葉です。

 上士幌町には役場とは別に、上士幌に移住を考えている人のためのNPO法人があります。夫はその数日後、いただいた名刺に電話をかけ、上士幌を訪問することになりました。名刺にはホームページも記載されており、「上士幌 移住.com」というそのサイトを帰宅してから見たら、「上士幌に移住を考えている人」のためのさまざまな情報が親切に記載されていました。

 とても移住を身近に感じることができ、何よりも町を見てみたいと思っている私たちにとって、コンシェルジュさんの存在はとても心強かったし、いきなり役場に連絡をするよりも気軽に相談がしやすかったです。

コンシェルジュがありのままの町を見せてくれた

北海道の風景

 林業研修に札幌へ行った夫は、期間中の土日で上士幌を訪問することにしました。そして、役場の移住担当の平岡さんと、コンシェルジュの川村さんに町の施設や物件を案内してもらいました。その日の晩、夫と話しながら、その日回った場所の動画を見て、一気に上士幌町への思いが強くなりました。動画の中から聞こえる2人の声が本当に明るく、楽しかったからです。

 見に行った住宅の動画の中で、それまでの物件のときとは全然違ったテンションで、「えーーー!!ここいーじゃん!広い!私が住みたいくらい!」と言っている川村さんの声が入っていました。

 夫の話では、特に移住を強く進めるわけではなく、2人は正直に、まるでご近所さんとしゃべっているかのように、いろいろなことを教えてくれたそうです。

がけで遊ぶ子ども

 あとで聞いた話ですが、川村さんは移住を考えてる人が町に来たとき、観光地に連れて行ったり、移住をすすめることはせず、できるだけ町の人に会わせたり、ありのままの上士幌を見てもらうそうです。移住者が、移住者として暮らすのではなく、町民として生活することができるようにいろいろな活動もしています。どんな人にも親切に正直に対応する川村さんを見ていると、こういう存在がいるから、この町はこんなに移住者が増えたんだろうなぁ~とあらためて感じます。

 直接見に行った住宅にすぐに申請を出し、夫は札幌に戻って林業研修の最終日の就職相談で、上士幌町の林業会社を紹介してほしい旨を伝えました。東京に戻ってから数週間後、夫はまた上士幌に飛び、林業会社の面接を受け仕事も決まりました。

 2人目の子供の予定日が過ぎた頃、とうとう上士幌町への引っ越しが決まったのです。

<取材・文/瀬野祥子(ワンズプロダクツ)>

瀬野祥子さん
2016年に北海道上士幌町に家族で移住。現地でさまざまな仕事を経験し、夫と一緒にデザイン会社「ワンズプロダクツ」を起業、地域のニーズに応えている。