日本の海の幸の代表的存在でもあるマグロ。ちょっと調べると、意外にも内陸部での消費量の多さに気がつきます。海の幸なのになぜ? 今回は、その謎を解くため、マグロ消費量が多い内陸部の宇都宮市の状況をおさかなコーディネータのながさき一生さんが取材しました
静岡市以外は内陸の都市がマグロを消費している
栃木県宇都宮市といえば、毎年総務省の消費者家計調査にある「一世帯あたりの餃子購入額」で上位に来ることで有名です。この家計調査には、さまざまな品目でギョーザと同様の統計が取られています。
魚に関する部分を見ると「おや?」と思うところが。それはマグロの消費量。県庁所在地と一部の政令指定都市における1世帯あたりの年間マグロ消費量が圧倒的に多いのは、海の幸も豊富な静岡市。ただ、その後に続く都市は内陸部ばかり。
例えば、2017年~2019年の3年間平均を見てみると、2位甲府市、3位宇都宮市、4位前橋市、5位福島市と海のない内陸部の都市が名を連ねます。これはどういうことなのでしょうか。今回、この中の宇都宮市に行って状況を探りました。
宇都宮市に行ってみたらマグロ熱がすごかった
実際に宇都宮に行き市民の方に「マグロは好きですか?」と尋ねると「大好き!」という声の多いこと! 「マグロの刺身が余って翌日まで持ち越したときは、しょうゆで炒めて食べるんですよ」と食べ方まで教えてくれました。周りの人からも「私も!」「俺も!」という声が飛び交うほど。
宇都宮市で魚がおいしいと評判の居酒屋「鮮肴(せんこう)」を訪ね、刺身の盛り合わせを注文すると、そこには当然ながらマグロが。厚切りにされたマグロは、ふわっとした食感としっかりした味で生臭さもなく、かつて築地で働いていた私も大満足の味でした。宇都宮市のマグロ熱がすごいのはなぜなのか、宇都宮市の台所、宇都宮市中央卸売市場にてお話を聞くことに!
保存がしやすいマグロは昔から内陸の町のごちそうだった
お話を伺ったのは市場の卸会社である株式会社宮市の佐藤将夫(さとうまさお)専務。市場にはマグロを扱うお店が多く、取扱量も多いと話す佐藤専務は、マグロの取材をよく受けるそう。
早速、宇都宮市のマグロの消費がなぜ多いのか伺うと、「マグロは魚介の中でも比較的保存の効く魚。まだ冷凍技術がそれほど発達していなかった時代でも、氷詰めにされたマグロが仙台や福島の海沿いなどから流通されて来ていました。そんなマグロは、内陸部の宇都宮にとって貴重な海の幸。元々お正月などハレの日のごちそうとして食べるものでした」とのこと。
さらに「今では、冷凍技術や流通が発達して、大型のメバチマグロを中心に日常的にマグロを食べられるように。とはいえ長い間に築かれた「マグロ=ごちそう」というイメージがほかの地域よりも強いから、市民はとくに好き好んで食べるのだと思います」。
宇都宮で培われたマグロ熱を全国、そして世界に
最後に宇都宮市のマグロ文化を背景に全国のみならず、世界においしいマグロを届けている企業を訪問。宇都宮市に本社を構え回転ずしチェーン「魚べい」などを全国展開する元気寿司株式会社です。
魚べい1号店を出店した2009年から定番商品であるマグロの品質にこだわり続けている法師人尚史(ほうしとたかし)社長は「マグロは価格も大きく変動する魚のため、10年以上も価格と品質を保ち続けるのは至難の技です。原価が圧迫し、正直、もう無理と思うこともありました。しかし、すしの中でもマグロは王道中の王道。例え儲からなくても、品質は絶対に落とさないよう、高品質なマグロを仕入れ続けるようにしています」とのこと。「魚べい」は、宇都宮で培われたマグロに対する熱い思いを全国・世界へと届けています。
「マグロの消費量が内陸部ほど多いのはなぜか?」という疑問をきっかけに行った今回の取材。そこには、マグロの商品特性とともに、マグロを愛する人たちのさまざまな熱い思いがありました
<写真・文/ながさき一生>
おさかなコーディネータ・ながさき一生さん
漁師の家庭で18年間家業を手伝い、東京海洋大学を卒業。現在、同大学非常勤講師。元築地市場卸。食べる魚の専門家として全国を飛び回り、自ら主宰する「魚を食べることが好き」という人のためのゆるいコミュニティ「さかなの会」は参加者延べ1000人を超える。