萬古焼きの街に漆塗りの工房を設立「漆器と陶器のよさを伝えたい」

伊賀焼、萬古(ばんこ)焼といった伝統工芸が盛んな三重県。歴史あるメーカーがモダンな商品ブランドを立ち上げたり、若手のクラフト作家が移住していることから、工芸品・雑貨好きから注目を集めています。そんな三重県の魅力的なアイテムを東京から移住したライター・西墻幸さんがご紹介。今回は、漆器作家の笹浦裕一朗さんです。

伝統技法を守りつつ現代の食卓を彩る漆器を創作

おわんのささうら

 三重県北部に位置する四日市にある『おわんのささうら』。今では珍しくなった伝統技法で漆塗りのお椀をつくる漆器職人・笹浦裕一朗さんの工房です。ハレの日や親戚の集まりなど、特別なときに使う印象が強い漆塗りのお椀ですが、笹浦さんの手がける器は、どこか軽やかで日々の暮らしのなかにある漆器のイメージ。

 お椀の形は少しずつ異なりますが、基本はみそ汁を飲むお椀としてつくっているのだそう。「日常のなかで漆器の必要性を考えたときに、みそ汁を飲むときだと思ったんです」と笹浦さんは言います。

漆器作家 笹浦裕一朗
漆器作家 笹浦裕一朗さん

 独立したのは12年前のこと。漆器の産地である石川県の挽き物轆轤(ろくろ)研究所で基本を習った後、漆器づくりに関わる工程をそれぞれの職人に学び、地元である四日市に戻ってきました。
 

3つの職人技を習得し、漆器制作すべての工程をひとりで

カンナ削り
お椀となるのは木の塊のほんの一部。ほとんどがカンナ屑になる

 漆器制作は大きく分けて3つの工程があり、本来は専門の職人が分業で作業します。しかし、笹浦さんはそれをひとりで行います。
 
まず1つめは、木の塊を削る木地師の仕事から。

「和式ろくろと刃物で木を挽いてお椀の形にする作業です。7種類の刃物を使い分け、木の性質に寄り添って挽きます。口当たりや飲みやすさも考え、縁の部分の厚みやお椀の内側の曲線を丁寧に仕上げます」

 機械で削って仕上げたお椀とは使い心地が違うというのも納得です。

 2つめは、下地をほどこす作業。本堅地仕上げという手法を使います。

「下地をつける前にお椀の縁や足、内側の底の部分に麻布を貼ることで強度がグンと高まります。手間がかかり目に見えない部分なので、今は省かれることが多いですが、長年使っていただくことを考えると丈夫で強い漆器をつくりたい。ここは下地師の技術としてしっかりと手をかけたい工程です」
 

本堅地仕上げ
麻布を貼ったお椀に下地を塗っていく作業

 3つめ、最後は塗師として。漆や天気の状態を考え、刷毛の種類や乾かすスピードを調整しながら漆を塗って仕上げます。塗り重ねたお椀は5分おきに上下を入れ替え、均等に1日かけて乾かすという細やかな仕事です。
 

漆塗り
下地作業がおわり、漆を塗る。適度な厚みとむらなく塗るのが難しい

萬古焼の産地、四日市市で漆器をつくり続ける理由

陶芸家 伊藤実山さん
萬古焼急須作家の伊藤実山氏。ご近所さんとして家族ぐるみのお付き合い

 途方もなく手をかけてつくられている漆のお椀。でも、樹脂や木粉を使った安価なお椀が世の中にあふれ、伝統技法のできる職人が減り、本物の漆器を手に取る機会が少ないのが現状です。

 しかも、四日市は日本でも有数の萬古焼の産地。萬古焼の窯元や問屋が100社以上あるなかで、漆器を扱う作家は笹浦さんだけという完全アウェイの町なのです。

「このあたりで工房というと、もちろん萬古焼。漆器というと驚かれますね(笑)。陶芸体験をできるところも多くあって、焼き物についての知識や萬古焼に触れる機会にも恵まれている地域です。だからこそ、本物の漆器のことを伝えたい。みそ汁の器はやっぱり陶器ではないと思うし、ガラスでもない。木でつくった漆のお椀が必要なんです」

 笹浦さんの工房のすぐ向かいにも窯元があり、陶芸家の伊藤実山さんが活動されています。親交も深く、お互いの作品を組み合わせて発表することもあるのだとか。

「2016年に三重県で開催された伊勢志摩サミットでは、実山さんの茶器と私のお盆で煎茶セットを提供しました。陶器と漆器、相乗効果で伝統工芸のよさが広く伝わるといいですよね」
 

今の私たちの食卓にぴったり。ベージュのお椀

漆器
拭き漆のカフェオレボールと白漆のお椀。どちらも、モダンな印象

『おわんのささうら』には、漆のお椀がずらりと並びます。そのなかでも一際目を引くのがベージュ色のお椀。漆にチタンを混ぜて乳白色に変化させた白漆を塗ったもので、今までの漆の印象ががらりと変わるほど現代的なムードのあるお椀です。

「白漆の漆器は若い方々や、関東で特に人気です。カフェオレボールのような足のないお椀も、今の食生活やライフスタイルに合うようで、手に取っていただくことが多いです」
 
 お椀をつくる行為は「今を生きること」と言う笹浦さん。暮らしにフィットする漆器はその時代によって変わっていくのかもしれません。でも、伝統の技法は、笹浦さんの手によって今の漆器に受け継がれていくのでしょう。

 そんな笹浦さんのつくるお椀の展示会『ふるえるかわいさ展』が、四日市からほど近い桑名市にて5月14・15日の2日間開催されます。会期中はご本人もいらっしゃるとのこと。つくり手との交流もこの展示会の楽しみとなりそうです。

笹浦裕一朗さん
1978年、三重県四日市生まれ。2002年、石川県挽き物轆轤技術研究所に入所し、翌年高岡クラフトコンペティション「金賞」受賞。‘04年から5年間かけて、伝統工芸作家・畠中重民氏に乾漆、下地職人・田中育太氏に下地、人間国宝・村山明氏に刳りものを学ぶ。その後、茶会席料理を学び、2009年に『おわんのささうら』として四日市に工房を構える。今年6月には三重県三重郡菰野町にギャラリーをオープン。料理家からのオーダーも多く、‘20年にはニューヨークの三つ星日本食料理店『Masa』の漆器も制作した。
 
<取材・文> 西墻幸(ittoDesign)
 
西墻幸さん
1977年、東京生まれ。三重県桑名市在住。編集者、ライター、デザイナー。ittoDesign(イットデザイン)主宰。東京の出版社で広告業務、女性誌の編集を経てフリーランスに。2006年、東京より世界1周を経て、夫の地元である桑名市へ移住。ライターとしてインタビューを中心に活動する一方、デザイン事務所を構え、紙媒体の制作や、イベント、カフェのプロデュースも手がける。三重県北部のかわいいものやおいしいものに詳しい。