やわらかい麺が主流で、全国展開のうどんチェーンが参入しにくいともいわれる福岡のうどん文化について、全国の生活風習を取材する「たび活×住み活」研究家・フリーライターの大沢玲子さんがレポートします。
食べても食べても増えていくうどんにノックアウト!
「食べても食べても麺が増えていくうどん店がある」。福岡・博多で、多くの地元っ子に知られるそんな怪奇現象(?)をご存じでしょうか。
筆者がそのウワサを初めて耳にしたのは、溯ること10年前、博多取材のときでした。その真偽を確かめるべく向かったのはご当地うどんチェーン「牧のうどん」。
「牧の」の特徴は、ラーメンのごとく「硬めん」「中めん(普通)」「軟めん(やわらかめ)」を選べること。ただし、基本的に讃岐のようなコシ重視ではなく、普通でもかなりやわらかめです。
それゆえ、うっかりしていると、やわらかいうどんが出汁を吸い込み、麺がふやけて増えていくのです。しかも、「食べるなら、わかめうどんがオススメ」という地元っ子のアドバイスに乗っかったのが運のツキ(?)。わかめも山汁を吸い込み、肥大化していきます。
そこで出番となるのが、麺に吸われて減っていくだしのお代わり用として用意される、ヤカン入りのだし。しかし、そこにもワナが待っています。だしを追加すれば追加するほど、うどんはさらに増えていくのです。
もちろん味は抜群においしいんです。でも、なかなか完食できない。うれしいような、悲しいような…。多少大げさに語りましたが、これが私の鮮烈な博多うどんデビューでした。
うどん発祥の地を裏付ける石碑も存在
さて、昨今、東京などにも博多うどん専門店や博多うどんを核とする居酒屋業態の店が増え、その存在が全国に知られつつあります。といっても、まだ福岡の名物麺といえば、「ラーメンでしょ?」というイメージが強いのではないでしょうか? いや、はっきり言ってしまいましょう。実は日常的に食べるなら、うどん推しの地元っ子は意外に多いのです。
以前、地元のタクシーの運転手さんに聞いたことがあります。
「うどんとラーメンのどっちを、よく食べます?」
「うどんだね。だって、おいしいし、安いし。最近、博多もラーメンが値上がりして1000円近くしたりするけど、うどんなら大抵、ワンコインで食べられるでしょ」
グルメ県でもある福岡の地元っ子は、コストパフォーマンスにも厳しいのです。そして、この地のうどんについて語るならば歴史も押さえておくべきでしょう。
じつは、「福岡=うどん発祥の地」という説も。その伝道者が臨済宗の僧、聖一国師。その証拠として、彼が開山した承天寺の境内には「饂飩蕎麦発祥之地」なる石碑も建っています。聖一国師が中国・宋留学から帰る際、石臼、製粉機の設計図を持ち帰り、製粉技術とともに伝えたとか。
トッピングはごぼ天or丸天。かしわおにぎりと食べるのが定番
こうした由緒正しき史実が残る地だからでしょうか。この地では「福岡三大うどんチェーン」なるものがガッチリ市場を押さえていて、全国で幅を利かしているうどんチェーンの参入が難しいともいわれています。
その三大チェーンが、先に紹介した「牧のうどん」と、県内で最も店舗数が多い「ウエスト」、そして北九州エリアを中心に展開する「資(すけ)さんうどん」です。ちなみに、ウエストといえば、東京辺りでは「あのリーフパイの?」と想定しがちですが、ご当地では「イコールうどん」がデフォルトと心得ましょう。
地元っ子は、それぞれ贔屓のうどん店・チェーン店を持っていると言われますが、福岡のうどんに共通する特徴は総じて麺がやわらかいことです。といっても、のびているのではなく、もっちりふんわり。最近では麺のコシにこだわったうどん店も増えていますが、ラーメンはバリカタ派でも、なぜかうどんはやわらかめを好むのが地元流です。
だしにもこだわりがあります。西日本特有のカツオ節や昆布を使ったもので、その薄目の金色の出汁を麺にしっかり吸わせて食べるのが通!? 「うどん=だしを味わうもの」と語る地元っ子もいるほどです。
また、ご当地ならではのトッピングにも要注目です。その代表格がごぼう天(ごぼ天)と、丸くて大きなさつま揚げの丸天。テーブルに置いてあるネギや天かす入れ放題といったサービスも存分に活用し、サイドメニューに必ずあるかしわめしやかしわおにぎりと食べるのが定番スタイルです。
北九州では、うどんのデザートは「ぼたもち」
ちなみに、北九州発祥の「資さんうどん」には、ほかの2チェーンとは異なる独自性があります。
麺の表面はなめらかで口当たりはモチモチ、若干コシが感じられます。また、もともとは工業地帯で働く人が多く住む地域だったからでしょうか、だしはさば節を使った少し濃いめのパンチがある味。ネギではなくとろろ昆布と、きざみつぼ漬け食べ放題というのもポイントです。
さらに、隠れた名物メニューが「ぼたもち」。「うどんにぼたもち?」といぶかしく思う方もいるかもしれませんが、「資さんうどん」を展開する株式会社資さんマーケティング・広報課の原田浩陽さんに聞くと、「工業地帯としてにぎわっていた昭和の時代、北九州・小倉には屋台が軒を連ね、仕事帰りの人たち向けに、ぼた餅が提供されていました。そこから日常的にぼたもちを食べる習慣が定着していったようです」といいます。
食後に甘いぼたもちを食べることが「明日の活力へつながる」という北九州の文化を大切にしようと、資さんうどんの創業者夫婦(資さんの名前は創業者・大西章資氏の名前に由来)がぼた餅を手づくりし、デパートの催事などで提供。これが大好評となり、「資さんうどん」のメニューとして定着したそうです。
「当社のぼたもちは、北海道産小豆を100%使用し、店舗で1個ずつ丁寧に握り提供しています」(原田さん)。お土産で買う人も多く、とくにお彼岸中は1週間で25万個を売り上げ、年間では450万個売れるという人気商品だとか。筆者もうどんを食べた後のデザートとしてオーダー。塩気のあるほどよい甘さのあんことモチモチとしたもち米の絶妙なバランスに、まさに別腹でペロリといってしまいました。
ちなみに「資さん」「ウエスト」では、うどんの通信販売も行っています。筆者も「資さんうどん」の人気メニューである「肉うどん」を取り寄せましたが、店舗で食べた少し甘めの肉、だしの味がモチモチ麺にからむあの味が、おうちで見事によみがえりました。
なかなかご当地に足を運びにくい県外の方もお取り寄せなどを活用し、福岡ならではのうどん文化に思いをはせてみてはいかがでしょうか。
<取材・文・撮影/大沢玲子>
たび活×住み活研究家 大沢玲子さん
2006年から各地の生活慣習、地域性、県民性などのリサーチをスタート。歴史、衣食住、街のあり方など、幅広い角度からその地らしさに迫り、執筆を続けている。『東京ルール』を皮切りに、大阪、信州、広島、神戸など、各地の特性をまとめた『ルール』シリーズ本(KADOKAWA)は計17冊、累計32万部超を達成。
本人は鹿児島出身の転勤族として育ち、現在は東京在住。18年からは、相方(夫)と組み、アラフィフ夫婦2人で全国を巡り“観光以上・移住未満”の地方の楽しみ方を発信する書籍『たび活×住み活』シリーズを立ち上げた。現在、鹿児島、信州、神戸・兵庫、福岡の4エリアを刊行。移住、関係人口などを絡めた新たな地方の魅力を紹介している。