石川県輪島市は朝市が有名ですが、観光地化によって個性が失われた時代もありました。それを取り戻そうと新たな商品開発に乗り出した漁師のおかみさんたちを、おさかなコーディネーターのながさき一生さんがレポートします。
1000年以上の歴史がある輪島の朝市
日本三大朝市のひとつといわれる輪島の朝市。平安時代から行われていたとする文献もあり、その歴史は1000年以上といわれます。神社の祭礼日などに生産物を持ち寄って、物々交換しあっていたのが市の始まり。それが発展して室町時代には毎月4と9のつく日に市が開催されるようになり、明治時代には毎日、市が立つようになりました。
もともとは地元の台所として利用されていましたが、スーパーができてからは地域の人の買い物の比重はそちらに移行。さらに、バブル期頃から観光客が増え、輪島朝市の観光地化が進みました。
今回、その頃の様子と今後の取り組みについて、地元の漁師の家に育ち、朝市に出店する母親の手伝いを長年行ってきた新木順子(しんき じゅんこ)さんにお話を伺いました。
観光地化によって朝市から個性が消えた
新木さんによると、観光地化が進む前と後で、朝市が変わったといいます。
「例えば海女が採ってきたサザエやカラス貝といった地元ならではの魅力的なものが朝市の顔でした。そのおかげで観光客にも多くお越しいただけるようになったと思うのですが、やがて儲けだけに走る業者も現れました。そういった業者は、置いておけば商品が売れる状況に便乗して、地域外からどこにでもあるような商品を安く仕入れて売るようになったのです」。
そうして個性ある加工品や土産物が少なくなり、朝市そのものの魅力がなくなっていったそう。これでは朝市が長く続かないと思った新木さんは、漁師のかあちゃんたちを集めて1999年に「輪島海美味工房(わじまうみこうぼう)」を立ち上げ、「輪島にしかない」「輪島に来ないと求められない」という特産品づくりを進めます。
地元の食材を使った商品開発を展開
初期の頃に開発した代表的な商品のひとつが「海女小屋のかじめ佃煮」です。カジメは地元で採れるコンブ目の海藻で、歯ごたえがあって独特のうま味ととろみがあります。これを伝統的な味つけで佃煮にし、すぐ食べられるようにビンづめにしました。佃煮のほか、ぬか漬け、干物、炊き込みご飯の素、みそ・しょうゆ漬け、おつまみ、おやつ、乾物など、多岐にわたる商品開発を展開。その結果、でき上がった商品数は数えきれないほど。使う素材も、地元で「くにゃら」と呼ばれる深海魚ノロゲンゲや、地場のサザエ、ホタルイカなど、特色のあるものを使っています。
手が込んでいるため決して安くはありませんが、観光客にアンケートをとったところ、興味を持つ人が多く「価格がきちんとしている」という声もあったそうです。今では、朝市だけでなく、通販や道の駅での販売も行っています。
輪島本来の魅力的な商品の数々を開発していった輪島海美味工房ですが、コロナによる自粛で観光客も減少。しかし、新木さんは、「今のうちに仕込みをして、お客さんが来てくれたときに備えています」。と前向きに話していました。
最近とくに力を入れているのは、「海女小屋の香箱かにご飯の素」。香箱かにとは、メスのズワイガニのことで、とくに甘味のある卵巣(内子)や、殻の外側についたシャキシャキとした食感の卵(外子)が絶品です。これを1匹1匹ていねいにゆでてからをむき、しょうゆのみで味つけをします。
「やらないと生きていけない」と話す新木さんの前向きな姿勢には、いつも元気づけられます。輪島朝市が1000年続いてきた要因も、輪島の人たちの強さにあるのかもしれません。
<文・写真 ながさき一生>
おさかなコーディネータ・ながさき一生さん
漁師の家庭で18年間家業を手伝い、東京海洋大学を卒業。現在、同大学非常勤講師。元築地市場卸。食べる魚の専門家として全国を飛び回り、自ら主宰する「魚を食べることが好き」という人のためのゆるいコミュニティ「さかなの会」は参加者延べ1000人を超える。