長崎のすし屋では定番。「白い鉄火巻」の中身ってなに?

「鉄火巻き」というと、マグロを細巻きにしたすしを思い浮かべますが、長崎では白身を使うことが多いそう。ご当地グルメ研究家、大村椿さんがレポートします。

長崎では白い鉄火巻が当たり前

白い鉄火巻き
白い鉄火巻き

 マグロは世界中で人気のすしネタで、居酒屋さんなどでも人気メニューです。赤身に中トロ、大トロ、中落ち、鉄火巻などなど、いろんな部位をいろんな食べ方で楽しんでいます。ところが、長崎県ではほかの地域とはちょっと事情が違うようです。

「長崎には白い鉄火巻があるよ」
 そんなことを長崎市出身の人に言われたことがありました。聞いた瞬間、私の頭のなかは大混乱。鉄火巻なのに白いってどういうこと? マグロの身が赤いから『鉄火巻』って言うんじゃないの?

 実際に長崎市内に住む人たちに尋ねてみると、「確かにすし屋さんでにぎり頼むと、白い鉄火巻がついてくるときがあるね」とか、「ああ、白いのも見かけますね。マグロじゃないです。そういえばあれってなんの魚だろう?」などと答えてくれました。

 どうやらマグロではない鉄火巻は確かに存在するようです。でも県外の人間である私からすると、「鉄火巻なのにマグロじゃないの?」という気分です。そこで、今度はすし屋さんに確認してみました。

「マグロは頼まれれば出しますけど、なにも言われないと大体ヒラスで巻いてます」
「鉄火巻には、ハマチかヒラス。ときどきカジキを使ってるよ」
「東京鉄火(赤)か長崎鉄火(白)の2種類あります。白はブリかヒラスを使います」
 なんと、白い鉄火巻の正体は、出世魚のハマチやヒラス(ヒラマサ)でした。

 なるほど。確かに切り身は赤くない。しかも『東京鉄火』『長崎鉄火』なる言葉まであって、それを使い分けているなんて! もちろんだれもが使う表現ではないですが、そういう言い方をするお店が複数あったのは確かです。出張で来た東京の人が「鉄火巻はマグロでしょ?」と言うので出すようになったという職人さんもいました。

 昔ながらの地元のすし屋さんから聞いた話によると、以前、年配のお客様にマグロの鉄火巻を出したところ、その方は「こんな赤いやつ入れるなんてなに考えてるんだ!」とご立腹だったそうです。これまでの歴史のなかで、長崎ではそれくらいなじみがない人もいるんですね。

漁獲量全国トップクラス、水揚げされる魚種は250種類以上

まぐろ

 長崎県は日本の最西端に位置し、三方を海で囲まれています。海岸線は4000Km以上の長さがあり、離島の数も全国一。そのおかげで、非常に豊富な水産資源に恵まれた地域で、漁獲量も魚種の多さも全国でトップクラスです。

 有名な観光地でもあるグラバー園に住んでいたトーマス・ブレーク・グラバーの息子である倉場富三郎。彼が後にグラバー邸を引き継ぐのですが、地元で水揚げされる魚の多さから、魚類図譜をつくることを思いついたと言われています。日本画家に801枚に及ぶ絵を描かせ、20年の歳月を費やして完成させたのが『日本西部及び南部魚類図譜』。長崎の人たちがいかにお魚を愛しているのがわかるエピソードです。

長崎にはマグロの食感が苦手な人が多い

グラバー邸からの眺め
グラバー邸からの眺め

 意外なことに、すし屋さんはみなさん口々に「長崎にはマグロの食感が苦手な人が多い」とおっしゃいました。長崎の人たちはあんなにお魚好きなのに? と疑問に思うのも無理はありません。

 豊富な水産資源に恵まれた長崎では、水揚げされたばかりの新鮮な魚がすぐに食べられます。そのため「おいしいお刺身は身がしまってコリコリ、プリプリしているもの」というイメージがとても強かったといいます。

 一方で、マグロについては水揚げが少なかったことが大きな要因となっているようで、昔は赤身の魚はあまり食べられていませんでした。マグロの身は柔らかく、ねっとりした食感です。現在はともかく、過去には流通的な問題も多く、冷凍マグロが主流だったこともあって、その食感からついつい「新鮮ではない」と感じてしまい、長崎の人々にはあまり好まれなかったようなんです。

 私が食べた白い鉄火巻はヒラス(ヒラマサ)でした。口に運ぶと、海苔のパリッとした歯切れの次に酢飯の酸味と甘味、そしてヒラスのコリコリした食感がやってきます。噛むほどに身が引き締まっているのがよくわかり、いわゆる鉄火巻とはちょっと違います。ブリやハマチと似ているのですが、比べてみると脂は少な目なので、さっぱりとした味わいです。職人さんによっては、あえて脂の多いトロ部分を使うこともあるようです。

 一緒に赤白2色出していただいたので、マグロとヒラスを食べ比べてみました。当たり前ですが、マグロは柔らかい。ヒラスのプリプリの弾力に慣れると、舌にまとわりつくマグロのうま味とこの食感が、なかなか受け入れられなかったのもちょっと理解できる気がしました。魚の熟成は和食の技術のひとつで、昆布締めなどがその代表ですが、もしかすると、昔はそれも苦手な人がいたのだろうかと、ふと思いました。

 さらに、テイクアウト専門店や回転すし店の中には、『サーモンの鉄火巻』がメニューに並んでいるところもいくつかありました。マグロ、ヒラス、サーモンの3種類置いてあるというお店もあり、どうやら長崎の人にとっては「鉄火巻=赤」」というより、「魚の細巻=鉄火巻」というイメージのようです。

 最近はチェーン店の回転すし店も増えており、一般的なイメージのマグロの鉄火巻を出すお店もたくさんあります。なかには築地から仕入れたお魚を使う江戸前のすし屋さんもあるため、マグロそのものに違和感がない人も増えましたようです。

 ですが、今でも『鉄火巻=白』のスタイルで提供されているお店がたくさんあります。長崎へ行くチャンスがあったら、とれたての新鮮なお魚でコリコリ食感の白い鉄火巻をぜひ楽しんでみてくださいね。

<文・写真/大村 椿>

テレビ番組リサーチャー・大村 椿
香川県生まれ、徳島県育ち。2007年よりフリーランスになり、2008年から地方の食や習慣などを紹介する番組に携わる。その後、グルメ、地域ネタを得意とするようになり、「ご当地グルメ研究家」として食に関する活動も行っている。