夏に旬を迎える「岩ガキ」。全国さまざまなところで漁獲されていますが、なかでも新潟県糸魚川市の親不知(おやしらず)のものが絶品! そんな親不知産岩ガキについて、地元の漁師さんに話を聞きました。
日本海に連なる親不知の崖が豊かな漁場をつくる
箱根と並ぶ「天下の険」と称される新潟県の親不知は、新潟県糸魚川市の西端、新潟県と富山県の県境にあります。この地域の特徴は、なんといっても海岸に連なった険しい崖。日本海の荒波で浸食された300~400mほどの崖は、古くから北陸道最大の難所。
それでも地形の激しさがもたらすのは、悪いことばかりではありません。夏の夕日に代表される絶景は素晴らしく、海まで続いている地形の起伏は、さまざまな魚介類の隠れ家にもってこい。さらに、糸魚川の山々から流れ着いたミネラルが溜まりこむこともあり、親不知は豊かな漁場を形成しています。
そんな親不知では漁業が盛んで、さまざまな魚介が漁獲されています。なかでも注目されるのが、ブランドものにもなっている「親不知岩ガキ」です。
大きくて甘いのが親不知岩ガキの特長
ほかの地域同様、夏に旬を迎える天然の親不知岩ガキ。親不知での漁期は、7月半ば~8月半ばです。親不知産岩ガキの最大の特長は、そのサイズ。大きいものだと、500mlのペットボトルを超えるサイズもあるのだとか。その味は、ミルキーで甘く、くさみがいっさいない絶品もの。
親不知岩ガキは、もともと地元での消費がメインでした。しかし、その評判は徐々に県外にも広がり、近年では岩ガキを食べるために訪れる観光客も増えています。
この親不知岩ガキの人気の秘密やこだわりについて、今回、長年岩ガキ漁を続けている地元漁師の松沢周一(まつざわしゅういち)さんに、東京海洋大学大学院生の小菅綾香さんが話をききました。
松沢さんは、親不知の出身。自然いっぱいの親不知で育った松沢さんにとって、子どもの頃からの遊び場といえば、海や山。物心つく頃には、海で岩ガキやアワビ、モズクなどを獲っていたといいます。高校を卒業後、一度はサラリーマンとして働きますが、結婚を機に漁師に転身することに
ひとつずつ手作業で岩ガキを獲る
松沢さんによれば、親不知岩ガキのおいしさの秘密は、生息する海の環境にあるそう。親不知の海は、透明度が高いだけでなく、生活排水の影響が少ないうえに、ミネラルが豊富。非常に豊かな環境だからこそ、成長が早く味も抜群にいい大型の岩ガキが育つのです。
また、丁寧な漁獲方法にも秘密が。岩礁地帯に生息する親不知岩ガキの漁獲方法は手作業。素潜りで約1mほどのバールを使い、岩にへばりついている硬い岩ガキを剥がしていきます。このときに、岩ガキの殻を傷つけないように細心の注意を払うとのこと。
この作業は、体力の消耗も激しいため、1回の潜水時間は熟練の漁師でも短く、たったの30秒ほど。いかにひとつひとつを丁寧に扱っているかがわかります。
資源管理をしつつ、岩ガキを守る試み
近年は温暖化による海水温の上昇などの影響を受け、これまでのように岩ガキが獲れなくなる事態が発生。さらに、親不知岩ガキのおいしさが評判を呼び、観光客が増加したことによって、一時期の乱獲にもつながってしまったといいます。
松沢さんは「以前は、1回の漁で300~500個ほど獲っていましたが、今は100~150個程度しか獲れなくなりました。」と話します。
現在では、水産庁とも連携しながら岩ガキの資源管理を行うことに。さらに松沢さん自身も資源保護のため、手のひらより小さい岩ガキを取らないことなどを徹底しています。しかし、以前の3分の1程度しか獲れなくなってしまった状況から、回復の兆しは見えていません。
さらに、親不知岩ガキを地域の活性化につなげるためには、資源量の回復だけでなく、さらなる質の向上も図っていく必要があると、松沢さんは言います。豊かな海がもたらす絶品の岩ガキには、それを支え、守り続ける地元漁師の熱い思いがありました。さらなる高みを目指す松澤さんの挑戦は続いていきます。
<写真・松沢周一 文・ながさき一生、小菅綾香>
おさかなコーディネータ・ながさき一生さん
漁師の家庭で18年間家業を手伝い、東京海洋大学を卒業。現在、同大学非常勤講師。元築地市場卸。食べる魚の専門家として全国を飛び回り、自ら主宰する「魚を食べることが好き」という人のためのゆるいコミュニティ「さかなの会」は参加者延べ1000人を超える。