カツオのねっとりしたうま味が絶品。志摩のおもてなし料理「てこねずし」

春から秋にかけ、カツオがおいしい季節。三重県志摩市にある和具(わぐ)地区でつくられる「てこねずし」は、人が集まるときにふるまわれる大切な料理です。おさかなコーディネータのながさき一生さんと東京海洋大学大学院生の小菅綾香さんがレポートします。

豊かな海に囲まれた志摩市和具のてこねずし

海
志摩市に位置する英虞湾

 三重県の志摩半島の南部に位置する志摩市は、2016年に伊勢志摩サミットが開催された地域として有名。また、海岸線はリアス式海岸で、美しい英虞湾(あごわん)が広がっています。栄養豊富で波の穏やかな英虞湾は、真珠養殖の発祥の地としても、広く知られる場所。そんな魅力あふれる、志摩市には「和具」という地域があり、ここが「てこねずし」の発祥の地です。

カツオ漁船でてこねずしは生まれた

すし
おひつに盛られたてこね寿司

 てこねずしは、ちらしずしの一種で和具の郷土料理。カツオ1本釣りを営む和具の漁師たちが考案した料理と言われています。忙しいカツオ漁のさなか、獲れたカツオをしょうゆを中心としたたれに漬け、炊き立てのご飯と漬けガツオを手で混ぜて食べていたそう。時間のない船上で簡単に食べられる料理として、てこね寿司が生まれたのです。
今回、和具のカツオ1本釣りを営む漁師の家に生まれ育った北村嘉津子(きたむら かづこ)さんに、てこねずしが地域ではどのような存在なのかを伺いました。

もてなし料理として親しまれるてこねずし

人物
お話を伺った北村嘉津子さん

「和具はてこねずしの発祥の地ということもあり、どこの家庭でもつくります」と北村さん。北村さんのお父さんは、カツオ漁船の腕のいい乗組員だったといいます。やがて船主から漁師として独立をすすめられ、「源吉丸」という近海カツオ1本釣り漁をスタートさせました。

船
カツオ一本釣りを行う「源吉丸」

 その源吉丸では、年に2回ほど、乗組員や関係者を100名ほど集め、日々のねぎらいとして料理を振る舞うことが恒例でした。そのときに欠かせないのがてこねずしです。てこねずしは、和具の人たちにとって「おもてなしの料理」。振る舞われる場面はさまざまで、家族・親せきが集まるときや、お客さんが家に来るとき、子どもが生まれたお祝い、さらにはお葬式のときなどなどとにかく、人が集まるところにてこねずしありといった感じだそう

てこねずしはカツオ以外の魚でもつくられる

つくる
ツヤツヤなカツオと大葉、刻みショウガのコントラストが食欲をそそります

 和具の人たちはカツオ以外にも、アジやイサキ、イシダイなどさまざまな魚でてこねずしをつくります。それぞれに家庭の味があり、ひとつとして同じ味はないのです。それでも、北村さんは「やっぱり、カツオでつくるてこねずしがいちばんおいしいです」と話します。しょうゆベースのタレに漬けられたカツオは、ツヤツヤと赤く、見た目の美しさもひと際。ご飯と一緒に口の中にほおばれば、ねっとりとうま味があふれます。「てこねずしの日は、お茶碗に3杯、食べることもあるんです」。

 さらに北村さんにとって、てこねずしは楽しい思い出だと語ってくれました。「実家にいたとき、私は魚が苦手でしたが、兄妹も集まって皆でてこねずしをつくりました。それを食べながら、歌を歌ったりして家族と過ごしたひとときは今でも楽しい思い出です」。

 今回、北村さんにお話を伺う中でいちばん強く感じたことは、和具の人たちにとってのてこねずしとは「みんなで食べた思い出の味」だということ。海の恵みから生まれたこの料理は、もてなしの心と、人々のつながりの深さを感じる料理でした。カツオがおいしい季節はまだ続きます。みなさんもおうち時間に家族でてこねずしを楽しんでみてはいかがでしょうか。

<写真・北村嘉津子 文・ながさき一生、小菅綾香>

おさかなコーディネータ・ながさき一生さん
漁師の家庭で18年間家業を手伝い、東京海洋大学を卒業。現在、同大学非常勤講師。元築地市場卸。食べる魚の専門家として全国を飛び回り、自ら主宰する「魚を食べることが好き」という人のためのゆるいコミュニティ「さかなの会」は参加者延べ1000人を超える。

東京海洋大学大学院生・小菅綾香さん
マグロで有名な神奈川県三浦市三崎生まれ・育ち。釣り船の娘として生まれ、釣り歴21年。現在、東京海洋大学の大学院生をしながら、釣りや魚の素晴らしさを発信している。