名古屋の朝食といえば喫茶店のモーニングを思い浮かべますが、家庭でも独特の食文化を感じられるメニューがあります。そのひとつが「てんぷらのみそ汁」。ご当地グルメ研究家の大村椿さんがリポートします。
名古屋では朝食のみそ汁に天ぷらを入れる
以前、「香川県では煮物を天ぷらにリメイクして食べる」という話をしたことがあります。今回は別の地域のリメイク術を紹介しましょう。天ぷらを塩や天つゆ、人によってはソースやしょうゆをかけることもありますが、それとも違う別の方法で食べるのです。
今から10年ほど前の某日のことでした。あるお仕事のリサーチで、「名古屋でおみそ汁に天ぷらを入れるらしい」という話を聞いて、実際に調査したことがありました。ほかの地域の人間からすると、ちょっと驚きのメニューですよね?
ちょうど知人たちと、「朝食に何を食べたか」という世間話をしていて、ある女性の発言に周囲がどよめくことに。彼女は顔色ひとつを変えずに平然とこう言ったのでした。
「今朝はサツマイモの天ぷらのみそ汁だったよ」
…え? どういうこと? 一緒にいた東京生まれ東京育ちの男性が私の代わりにそれを言葉にしてくれました。
「みそ汁の中に天ぷら入れるの?しかも朝っぱらから!?」
「うん。天ぷらは昨夜の残りだけどね」
天ぷらのおみそ汁…? それを遠巻きに話を聞いていたほかのメンバーも、「なんでみそ汁に天ぷら入れるの?」「なにそれ。聞いたことない」と次々と参戦してきました(笑)。
名古屋の朝食文化は喫茶店のモーニングだけではなかった
当時、名古屋市近辺の人を対象に簡単な調査を行ったところ、「聞いたことない」という人も多かったのですが、「知ってる」「ときどき食べる」「自分は食べないが家族がよく食べていた」と答えた人がわりといました。「食べたことがある」と答えたのは、ほとんどが40代以上、または祖父母と一緒に暮らしているご家庭のようです。
豊橋市や岡崎市在住・出身の人たちに聞いてみたところ、こちらでもまったく知らない人もいたのですが、「翌朝、野菜のかき揚げ入れて食べます」「え?やらないんですか」との証言が。
「知っている・食べる」との回答者の中で多少の差はあるものの、共通していたのが、
「朝食であること」
「前日の残りの天ぷらを入れる」
「野菜の天ぷら限定」
ということでした。なかには「うちはエビやちくわ天も入れるよ」という人もいらっしゃいましたが、野菜以外はかなり少数。また「知らない」「食べたことがない」という人の中にも「天ぷらがみそ汁に入っていてもそんなに違和感はない」という意見もチラホラ見受けられました。
名古屋の朝食文化といえば、コーヒーにトーストやゆで卵がついてくるという喫茶店のモーニングが有名ですが、家庭では「天ぷらのみそ汁」が食べられていたとは、ほかの地方の人間にとっては衝撃です。
前出の彼女は静岡県出身だったのですが、お母様は生まれも育ちも愛知県名古屋市で、親戚もほとんど愛知県に住んでいるとのことでした。そしてご実家では、前日に揚げた天ぷらは、翌日の朝には必ずおみそ汁の具材に変貌するのだと教えてくれたのです。
「なんなら翌日の朝食分も必要だから、サツマイモはお母さんが他の食材より多めに揚げてたよ」
なんと翌朝のことを見越して天ぷらを揚げるとは…! ほかのご家庭に話を聞くと、サツマイモのほかにカボチャや野菜のかき揚げを入れることが多いようです。天ぷらといえばエビやイカ、白身のお魚などのイメージがありますが、「魚介系は入れない」と断言する人がほとんどでした。
天ぷらのおみそ汁をつくってみた
しかし、これは完全に家庭料理です。名古屋に行ったからといって、飲食店で手軽に食べられるメニューではありません。ということで、せっかくなので自分で再現してみました。
名古屋の味ですから、普段使っているみそではなく赤みそを使わないと。わが家の冷蔵庫の中にあった八丁味噌の『カクキュー』を使うことにします。余談ですが、八丁味噌は愛知県岡崎市の伝統的な製法でつくられた豆みそです。徳川家康の生誕の地・岡崎城から八丁(約870m)の距離にあった八丁村(現:八帖町)でつくられたためその名がつきました。現在、八帖町にあるのは『カクキュー』と『まるや』の2社だけです。
さて話を戻しまして、前日に揚げた天ぷらのなかから、カボチャとサツマイモをひとつずつ残しておきました。そして八丁味噌を使っておみそ汁をつくります。天ぷらは鍋に入れて煮込むわけではなく、お椀に入れるだけと聞きましたので、カボチャとサツマイモの天ぷらをドボンッとダイブ。
これでいいだろうか? と、そこはかとない疑問を持ちつつ、天ぷら入りのおみそ汁を食べてみます。
「あれっ、おいしい!」
天ぷらの衣におみそ汁が染みてくると、野菜の甘味が際立つ気がしました。普段飲んでいるおみそ汁の中に天ぷらが入っているものを想像していると、まったく別の感覚です。どうやら赤みそを使っているのがポイントで、塩っけが強く甘味のない赤みそと油との相性がいいようです。二口目、三口目と食べ進んでいくと「なにか知ってる味だ。食べたことあるような……?」という気持ちが徐々に強くなっていきます。
そうか! みそ煮込みうどんの味に似ているのでした。名古屋の皆さんからお聞きした話を頭の中で反復しながら、数人から、「違和感ないよ? みそ煮込みうどんに天ぷら入ってるでしょ。あれと同じ感覚だよ」と言われたのを思い出しました。おみそ汁に揚げ玉(天かす)を入れることもあるようで、こちらは飲食店でも出てくると言う人も。赤みそと天ぷら、これが独特の味わいを生み出すのかと、感心してしまいました。
これは香川県の『煮物の天ぷら』と同様、昔の人の生活の知恵なのでしょう。冷たくなった天ぷらを翌日であってもおいしく熱々で食べるための工夫のひとつなのですね。
これはどの家庭料理でも言えることですが、「実際に食べたことがあるかどうか」は、「そのご家庭で料理をする人がつくるか否か」で決まります。日常的に食べて育った人やそのメニューが好きでなければつくらない可能性が高く、最近は天ぷらを揚げないご家庭も増えていることもあって、天ぷらのおみそ汁が食卓に上る機会は減っているでしょう。
ですが、これも立派な食文化のひとつ。子供の頃食べたことがある人はご実家の味を思い出してほしいと思います。また食べたことがない人も、チャンスがあれば一度つくって食べてみてください。意外と、その味のトリコになるかもしれませんよ。
<文・写真/大村 椿>
テレビ番組リサーチャー・大村 椿
香川県生まれ、徳島県育ち。2007年よりフリーランスになり、2008年から地方の食や習慣などを紹介する番組に携わる。その後、グルメ、地域ネタを得意とするようになり、「ご当地グルメ研究家」として食に関する活動も行っている。