全国的に冬の風物詩というと、「こたつでみかん」が定番という人が多いと思います。ところが福井県では、雪がチラつく真冬には「こたつで水ようかん」が定番なのです。ご当地グルメ研究家の大村椿さんがリポートしてくれました。
福井では「冬に冷たい水ようかん」が当たり前
「福井県では冬にこたつで水ようかん」と初めて聞いたときは、「えっ、水ようかんって夏によくお中元でいただくやつ? 冷蔵庫で冷やして食べるアレ?」と思ったものです。最近は、暖房の効いた部屋で冷たいアイスクリームを食べる人も多いですが、昔から福井県民は冬に冷たい水ようかんを食べていました。
福井県の水ようかんは、個装されておらず、A4サイズほどの平らな箱一面に広がる大きなもので、付属のヘラですくって食べます。毎年10月下旬~11月になると町に出回り始め、県内でテレビCMも流れると、水ようかんシーズンに突入します。販売は大体3月頃まで。冬に水ようかんを食べる習慣はほかの地域にもあるにはあるのですが、福井県ほどではありません。
福井市出身で大学進学のため東京に出てきた人は、お正月に実家へ帰って冷蔵庫をのぞいたときに、当たり前に鎮座する水ようかんの箱を見て、「そういえば東京では冬なのに水ようかん全然売ってない」と、初めてその違いに気づいたそうです。
また、九州から福井県に移住した友人は、「最初は冬に水ようかんって違和感があったけど、今は食後のデザートによく食べる。コンビニでも売ってるしね」と答えてくれました。
20代女性は、「今まで福井以外で冬に食べてないの知らなかった……」と驚いた顔。「家族がそろうとみんなで食べる」という人も多く、水ようかんはソウルフードであり、冬の家族団らんの象徴にもなっています。
県内100店舗でつくられる水ようかんパラダイス
福井県は地図で見ると、ゾウの顔を横から見たような形をしています。鼻のつけ根から顔部分が「嶺北(れいほく)」、鼻先にかけてが「嶺南(れいなん)」という2つのエリアに分かれています。古くは越前と若狭と呼ばれており、それぞれ習慣や言葉も違いますが、嶺北・嶺南ともに水ようかんを食べる習慣があります。
福井県交流文化部ブランド課がつくっているハンドブック『福井の冬の風物詩 水ようかん』には、箱のパッケージデザインが数ページにわたって並び、その数なんと83種類!地域も、福井市、あわら市、坂井市、鯖江市、越前市、敦賀市、小浜市などなど、県内全域にわたり、なかなか圧巻です。
福井県の郷土食に詳しい佐々木京美さんのお話によると、「和菓子屋さんはもちろんですが、もち屋さん、駄菓子屋さん、洋菓子屋さん、最近はパン屋さんの水ようかんもあり、県内100店舗以上でつくられています」ということでした。当然ながら、地元の皆さんそれぞれごひいきがあります。
福井県在住・出身の人たちに聞いてみると、「私の周りは、えがわ派と久保田派に分かれるかな」「よく親が買って来る黒いパッケージのやつ!」「黒糖の味が濃いのが好み」など、好みはさまざま。なかには「おばあちゃんがつくってくれる水ようかんが好き」という意見もあります。そう、昔は各家庭でつくられていたのでした。
また、飲食店でも最後のデザートとして提供されることもあります。昨年、福井県おおい町にある南川荘という料理旅館でいただいたものはご主人の手づくりで、やさしい黒糖の風味が食後にぴったりでした。つるんとした冷たい水ようかんが口からのどを通っていく感じはクセになります。
福井のようかんには滋賀と共通点があった
水ようかんの基本的な材料は、こしあん、寒天、砂糖の3種類と至ってシンプル。使用する砂糖も上白糖、グラニュー糖、黒糖など、さっぱりとした味わいのものもあれば、コクのある奥深い味であったり、色の濃淡や固さなど、つくるお店によって異なります。現在は紙の箱が使われることが多いのですが、もともとは木箱に流し入れてつくるもので(写真は越前漆の木箱)、厚みは2、3cm程度です。
ようかんは漢字で「羊羹」と書きます。中国から鎌倉~室町時代に禅寺の僧侶により伝わったと言われ、元は羊肉の煮こごりのような料理だったようです。禅僧は肉食が禁止だったので、小豆や小麦粉、葛粉など植物性材料で似せたものがつくられました。時を経て、そこに砂糖が加わり、現在のようかんやういろうなどが生まれたのです。
水ようかん自体は、江戸中期あたりに誕生し、当時はおせち料理のなかにも入っていたようです。水分が多く糖度が低いため賞味期限が短いということで、昔は納屋や廊下などで保管していたとか。
また福井県内では、水ようかんのことを「丁稚(でっち)ようかん」と呼ぶ地域があります。京都に奉公に出された丁稚が里帰りの際に持って帰ったためと言われています。それを聞いて、「あれ?丁稚ようかんって滋賀にもあるなぁ」と思い出したのです。
以前訪ねた、滋賀県長浜市の木ノ本では、あちこちで丁稚ようかんが売られていますが、それは小麦粉を混ぜてつくられた蒸しようかんでした。あの辺りは若狭の国(福井県)に続く北国街道にある木之本宿という宿場町。きっと丁稚さんはここを通過して帰郷したのでしょう。小豆と砂糖をふんだんに使ったようかんは高級で手が出せず、水ようかんになった、など諸説あるようです。
水ようかんを買うためには『鉄の掟』が存在する
そんな冬の風物詩である水ようかん。手土産として渡すこともあるわけですが、そこには知られざる鉄の掟がありました。それは「絶対に平らに持たねばならない」ということです。水分がたっぷり含まれているので、斜めにしてしまうと流れてしまいます。
最近は真空容器に入ってシールがされている商品も多いので、そう簡単にこぼれるようなことはないようですが、ご近所の人たち向けに製造しているお店などではシンプルな紙箱だったりもします。
地元では形が崩れないように、そっと静かに持ち帰る人が多いそうです。以前、私が某百貨店で購入したときは、紙袋に平らに入れてくれて、「倒さないように気をつけてくださいね~」とやさしくお声がけいただきました。
近年は、現代の生活様式に合わせて小さいサイズのものや、趣向を凝らした味の水ようかんが出てきており、それもまた新たな冬の楽しみになりました。寒い時期に福井県を訪れるチャンスがあったら、食べ比べをしてみてはいかがでしょうか?そしてお持ち帰りの際は、くれぐれも鉄の掟を守ってくださいね(笑)。
<文・写真/大村 椿>
テレビ番組リサーチャー・大村 椿
香川県生まれ、徳島県育ち。2007年よりフリーランスになり、2008年から地方の食や習慣などを紹介する番組に携わる。その後、グルメ、地域ネタを得意とするようになり、「ご当地グルメ研究家」として食に関する活動も行っている。