一般的にタケノコと言えば春。でも長野県では初夏に細身でアクの少ない「ネマガリダケ」を楽しみます。長野県ならではの風物詩を、ご当地グルメ研究家の大村椿さんがリポートしてくれました。
長野県民には欠かせない初夏の味
今年は全国的に例年よりかなり早く梅雨入りしています。雨が続くと憂鬱になる人も多いと思いますが、私には梅雨になると「食べたいなぁ…」と思い出す料理があります。それは長野県で食べられている、この時季の名物「サバ缶とタケノコのみそ汁」です。
シンプルに「タケノコ汁」と呼ばれることもありますが、家庭はもちろん給食でも提供されています。この時季に行われるイベントなどでは、豚汁的にふるまわれることもあり、県外の人はそこではじめて食べたという話も聞きます。
ここでいうタケノコは、一般的なモウソウチク(孟宗竹)のことではありません。このシーズンにとれるネマガリダケ(根曲がり竹)やヒメタケ(姫竹)と呼ばれているもので、チシマザサ(千島笹)というササの若芽です。
北海道から東北、長野県、新潟県、山陰地方などに自生しています。雪深いエリアではタケノコというとネマガリダケを指すことが多く、この新芽が出るころはまだ雪が残っていて、その重さで根元が曲がってしまうのでネマガリダケと呼ばれています。初夏の短い期間しかとれないため、あまり広くは流通しておらず、地元の人だけが楽しめる旬の味です。
とれたてはほとんどアクがなく、やわらかいので下ゆでせずとも食べられるほど。以前、とれたてを皮ごとたき火に投げ込んで焼いたものをいただいたことがあるのですが、皮をむいて食べてみると、アスパラガスやブロッコリーに近い甘味がありました。
サバの水煮缶を汁ごと入れて煮る
肝心のタケノコ汁の材料は、サバの水煮缶、ネマガリダケ、みそ、とシンプル。水を張った鍋にネマガリダケと、サバ缶を汁ごとすべて入れて少し煮ます。最後にみそを溶いたらできあがり。
サバ缶を入れると、だしがなくてもみそを溶くだけで十分という人も多いくらい、サバの脂でコクが出てとてもおいしいのです。家庭によっては一緒にニンジンやタマネギ、ジャガイモ、油揚げなどを入れることもあります。
毎年欠かさず食べるという長野市在住の50代男性は「タケノコの歯ざわりと甘味がサバのうま味と一緒になると最高!」と言っていました。また、お父さんがタケノコをとってきてみそ汁をつくってくれるという、志賀高原で働く40代女性は、「お椀の中に大きめのサバの塊が入ってると『やった、当たり!』ってテンション上がる~」と教えてくれました。これは「タケノコ汁あるある」らしいです(笑)。
タケノコ汁のためにサバ缶10個をストック
長野県のなかでも、とくに北信エリアでよく見られる現象ですが、初夏になるとタケノコ汁を食べる人が多いので、スーパーなどではサバの缶詰が山積みになります。自宅の食品棚の中にはサバ缶が大量ストックされていることも珍しくありません。
サバ缶は昭和30年頃に普及したといわれており、海のない長野県では手軽に食べられるタンパク源のひとつとして重宝されました。家庭に常時ストックしてある食材で、このみそ汁以外にも、昔から大根と一緒に煮物にしたり、カレーの具材としても使われていたそうです。
ネマガリダケが採れることで有名な高山村の40代男性に「今年はもう食べました?」と尋ねたところ、「5回くらい食べましたね。うちにもサバ缶は10個くらいストックがあります」とのこと。そして驚いたことに、今の時季は、コンビニエンスストアにもネマガリダケが並ぶそうです。タケノコをとりに行けなくてもコンビニで手に入るなんて、地元ならではですね。
収穫場所は山を熟知した人だけが知る秘密
ネマガリダケは標高1000m以上の高い場所で採れるので、山林へ行かなければいけません。タケノコにしろ、ほかの山菜にしろ、地元の方は、それぞれ自分のテリトリーというか、秘密の収穫場所があるようです。
彼らは時期になると山へ出かけますが、その場所はトップシークレット。「他人には決して教えない」というルールをもつ人が大半で、飯山市出身の30代女性は「おじいちゃんが毎年たくさん採ってくるんだけど、『一緒に行って手伝うよ』って言っても、気づいたら出かけてるし、絶対に場所は教えてくれない」とボヤいていました。
ネマガリダケが生えているのは人の背丈よりも高いくらいの藪の中。夢中になると方向感覚が狂ってしまうことがしばしばあるそう。また、ネマガリダケは熊の好物。ときおりニュースでも、「タケノコを探して遭難」や、「タケノコ採りの最中に熊と遭遇」という事件が報じられることがあります。それはこのネマガリダケを求めて山に入って起きているのです。地元の方々は山を熟知しているとは思いますが、決して油断はしません。慣れない人はとくに気をつけてほしいものです。
地元の皆さんが夢中になって、シーズンは何度も食べるタケノコ汁。ほかの地域で生のネマガリダケが手に入らなくても、スーパーで水煮や塩漬けが置いてあることがあります。簡単につくれるものなので、出合ったらぜひ、ご自宅で味わってみてください。
<取材・文/大村 椿>
テレビ番組リサーチャー・大村 椿
香川県生まれ、徳島県育ち。2007年よりフリーランスになり、2008年から地方の食や習慣などを紹介する番組に携わる。その後、グルメ、地域ネタを得意とするようになり、「ご当地グルメ研究家」として食に関する活動も行っている。