絶品のマトンとモツ。日本一の激戦区南信州飯田の焼肉街がスゴい

 全国を巡り、地方の新しい楽しみ方を発信するライター・大沢玲子が、取材で巡った長野県南端・飯田市の意外な素顔を紹介します。肉食女子・男子よ、肉を食らうならば飯田市を目指すべし! 

「日本一の焼肉街」の看板

人口1万人当たりの焼肉店数5.32軒で全国1位!

 焼肉で有名な町といえば、焼肉発祥の地といわれる大阪・鶴橋あたりを思い浮かべる人も多いでしょう。  

 しかし、実は彼の地をしのぐ「日本一の焼き肉の街」があります。それが長野県南端に位置する飯田市。市内にある焼肉店は55軒で、人口1万人当たりの店舗数5.32軒(全国平均1.7軒)と、全国の市でダントNo.1。中央アルプスと南アルプスに囲まれた自然豊かなこの地は「肉の理想郷」でもあるのです。

飯田駅
玄関口は焼肉と同じく名産のりんごがイメージされている

 そんな市民の焼肉愛もアツい! 筆者がその洗礼を受けたのは2018年春、信州に関する書籍の取材で県内を巡っていたときでした。この地の焼肉事情を知るべく訪れたのが創業は昭和20年代という、飯田市焼肉界のレジェンド「徳山」。

 渋い店構えのテーブルには年季を感じさせる黒光りした鉄板。無煙ロースターなぞありません。メニューは肉、ライス、酒程度。牛豚のロースやカルビもありますが、この地のメジャー選手はマトン、モツです。

「郷に入れば郷に従え」。オーダーすれば肉は新鮮そのものでマトンもモツも臭みは一切ナシ。醤油ベースに一味唐辛子が入ったピリ辛なタレにつけて食べれば、ビールもご飯もドンドン進みます。

 気づけば煙もくもくの店内でシバシバする目を凝らせば、客の大半は地元の仕事帰りの人や家族・友人グループらしき人々。有名店ながら地域密着型で愛されているのがよくわかります、ちなみに煙にいぶされること必至ですので、オシャレして行くのは……オススメしません(笑)。

精肉店では出前も実施! どこでも手ぶらで焼肉が楽しめる

 あらためて飯田の焼肉事情について、地元っ子に聞いてみました。
「人が集まる場があれば何かと焼肉が登場しますね。花見や祭り、職場の親睦会や近所の集まり、運動会など。人気は断然、羊、モツで、一家に一台、鉄板があるのも普通です」

 そう教えてくれたのは飯田市役所で移住・定住の支援に従事する湯澤英俊さん。独自のスタイルの焼肉が定着したのには、県内屈指の畜産地帯でもあり、海がなく山々に隔てられた地として特有の食文化が育まれたこと。さらに綿羊の飼育が盛んで羊肉が身近な存在だったこと。ロースやカルビといった上等な部位に代わり手軽にモツを食べさせる「徳山」などの焼肉店が支持を得たことなどが挙げられるそうです。

飯田市で人気の焼肉はカルビやロースよりもマトン、モツ
飯田市で人気の焼肉はカルビやロースよりもマトン、モツⒸ肉のスズキヤ

 市内には精肉店も数多くありますが、なんと「地元のお肉屋さんでは、電話1本で肉と野菜、ガスボンベや鉄板などを指定の場所に出前してくれるサービスもやってますよ」(湯澤さん)とのこと。
 手ぶらでどこでも焼肉を楽しめるとは。粋なサービスの存在も市民の「焼肉愛」を支えているのです。

週末になると公園などの屋外で焼肉を楽しむグループも多い
週末になると公園などの屋外で焼肉を楽しむグループも多いⒸ肉のスズキヤ

山間部で独自の“ジンギス文化”が定着したワケとは?

 さらに、飯田市の中心街からさらに山を隔てた「遠山郷」と呼ばれる山間地には「遠山ジンギスといって、独特のジンギスカン文化が根付いています」と湯澤さん。
そこで話を伺ったのが、味付焼肉「遠山ジンギス」ブランドを定着させた創業60年超の精肉店「肉のスズキヤ」二代目社長、通称・若旦那の鈴木理(まさし)さんです。

 ジンギスカンというと一般的には北海道の名物というイメージですが、「遠山ジンギス」はそれとはスタイルを異にします。その特徴の1つが、独自のタレをしっかり肉を揉み込み、味付けする「タレ揉み」スタイル。
「元々、山仕事や養蚕業など肉体労働に従事する人が多く、力をつけるために猪や鹿といった狩猟肉(山肉)を食べる文化が根付いていましたが、かつては猪鍋など、煮る調理法が主流でした」(鈴木さん)

 そこに焼肉文化をもたらしたのが、かつて水力発電所や堤防の建設で遠山郷に滞在していた朝鮮半島や中国の人々だったとか。綿羊の飼育が盛んだったため、羊が身近な存在で、肉や牛より体を温める効果があるのも外で働く人にはうってつけ。そこに大陸由来のニンニクや唐辛子が入ったタレをしっかり効かせばスタミナもつき、さっと焼くだけでご飯が進む。力仕事に従事する労働者にとって理にかなった食べ物というわけだそうです。

 同社では、先代が朝鮮半島の人に教わったタレ揉み焼肉を「遠山ジンギス」としてパックで販売。大ヒット商品となりますが、「秘伝のタレは生ニンニクが入った醤油ベースで、唐辛子、ご当地名物・信州味噌が隠し味に入っています」(鈴木さん)。日本人の口に合わせ、改良を重ねた製法は社長しか知らず、秘伝の味なのです。

肉の「サーティーワン」で1か月、肉三昧!?

 また、もう一つの「遠山ジンギス」の特徴が、羊を皮切りに鶏、豚、牛、馬、鶉、猪、鹿、熊の9畜種のモツや皮など、さまざまな部位を取扱うこと。今や「遠山ジンギス」の商品ラインアップはなんと31種類にも及び、アイスクリームの「31」ならぬ、「TJA31(遠山ジンギスオールスターサーティーワン)」として、ユニークな打ち出しで“山肉文化”を発信しています。

肉のスズキヤでは、羊、鶏、豚、牛といった一般的な肉以外にも馬、鶉(うずら)、鹿、熊などのジンギスカンも販売
Ⓒ肉のスズキヤ

 31種類あれば、1か月、飽きずに肉祭りが楽しめますね。
 ちなみに筆者がトライした鹿肉のジンギスカン「鹿ジン」は、やわらかく臭みが一切ない肉に甘すぎないタレの相性が絶妙。さすがプロの猟師と契約し、選りすぐりの肉を提供する“山の肉屋”さんならでは、です。

 同じ市内でも、地域によって異なる焼肉文化が息づく飯田市。東京からバスや電車でも約4時間かかるアクセスが難点ですが、27年には東京―名古屋を結ぶリニア中央新幹線の駅が飯田市に開設予定。そうすれば、なんと東京から約45分で魅惑の焼き肉タウンに到着可能!「ちょっと焼肉を食べに飯田まで!」が実現する日もそう遠くはなさそうです。

<取材・写真・文/大沢玲子>

たび活×住み活研究家 大沢玲子さん

鹿児島出身の転勤族として育ち、現在は東京在住。2006年から各地の生活慣習、地域性、県民性などのリサーチをスタート。『東京ルール』を皮切りに、大阪、信州、広島、神戸など、各地の特性をまとめた『ルール』シリーズ本(KADOKAWA)は計17冊、累計32万部超を達成。18年からは、相方(夫)と組み、アラフィフ夫婦2人で全国を巡り、観光以上・移住未満の地方の楽しみ方を発信する書籍『たび活×住み活』シリーズを立ち上げた。現在、鹿児島、信州、神戸・兵庫の3エリアを刊行。移住、関係人口などを絡めた新たな地方の魅力を紹介している。