おもてなしがすごい。給料3か月分が消える豪華な「唐津くんち料理」

毎年11月に行われる佐賀県唐津神社の例大祭「唐津くんち」。ユネスコ無形文化遺産に登録されたこのお祭りでは、まちのにぎわいとともに各家庭でふるまわれる豪勢な料理に驚きます。ご当地グルメ研究家の大村椿さんがリポート。

豪華な「くんち料理」が各家庭でふるまわれる

唐津神社

「くんち」とは、九州エリアで秋に行われるお祭りのことで、「供日(くにち)」が訛ったものといわれています(諸説あり)。さまざまな地域で行われていますが、日本三大くんちは、福岡県の「博多くんち」、佐賀県の「唐津くんち」、長崎県の「長崎くんち」とされます。

 佐賀県唐津市の唐津くんちは、毎年11月2日から4日にかけて行われる唐津神社の秋季例大祭。氏子である14の町がそれぞれ異なる形の巨大な「曳山(やま)」と呼ばれる山車(だし)を引きます。2016(平成28)年は「山・鉾・屋台行事」として、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。

鯛の曳山

 今年は4年ぶりに規制なしで行われ、3日間で41万人の人出で、曳子(曳山を引く人)と見物客で町中に活気がみなぎっていました。

 このお祭りでは、各家庭で日ごろお世話になっている人や親戚や友達に対し、大量の料理やお酒をふるまうという習慣があります。地元の名士や商売をしている家庭ではとくに顕著で、豪華な「くんち料理」が並ぶのです。自宅にお邪魔するため、観光客として体験するのは難しいのですが、今回は唐津に移住した友人夫婦を訪ねて、一緒にくんち料理をいただくことができました。

暗闇に浮かぶ曳山と訪れる人へのおもてなし料理

亀と浦島太郎の曳山

 初日は宵曳山(よいやま)。夜、14台の曳山が順番に練り歩きます。友人にくっついて、商店街の一軒にお邪魔しました。玄関にはすでに靴の山が。ハチマキをしてはっぴ姿のご当主が、ご近所さんや親類の方たちに囲まれていました。友人の姿を見て「おー、来た来た!」と歓迎してくれます。

 テーブルの上にはオードブルやビールなどがところ狭しと並び、エプロン姿の奥さまが「どうぞどうぞ。なに飲みますか?」と声をかけてくださり、戸惑いながらビールをいただきました。

ふるまい料理の様子

 こちらのご当主も曳子のひとり。「お酒はちゃんと全部飲み干すのが唐津くんちのルール!」と笑いながら、外へ消えていきました。ここから曳山の巡行が見られるので、みんなで2階にあがります。開け放たれた窓から提灯がともるまちを眺めていると、徐々に鐘や太鼓の音が近づき、暗闇に浮かぶ曳山が見えてきました。

赤獅子の曳山

「エンヤ!エンヤ!」「ヨイサ!ヨイサ!」というかけ声とともに、獅子や兜(かぶと)、などを模した曳山が迫りくるさまは迫力満点。ご当主の姿を見つけるとみんなで手を振ります。豪華絢爛な曳山はとても幻想的でした。

1.8mのお皿に300人分のくんち料理を盛りつけ

鳳凰丸

 2日目の曳山は西の浜という場所を目指します。2トン以上ある曳山の車輪が砂地に埋もれ、力いっぱい進んでいく「曳き込み」と、「曳き出し」が最大の山場。3日目は曳き納め。各町を巡行して展示場に戻されます。

 この日はまた別の知り合いのところへお邪魔することに。友人からは事前にご祝儀や心づけなどはいらないと確認していたのですが、にわかに信じがたく、一緒に飲み食いした地元の人たちにそれとなく聞いてみたところ、皆さん「いらない」と即答。「でも気後れするならお酒を差し入れたら?」というアドバイスがありました。

 日本酒やビール、子どもたちにお菓子を買いに行くと、スーパーには予約制の「くんち鉢盛」を受け取るスペースが設置されていました。昨今は料理を外注することも可能ですが、昔は各家庭で手間ひまかけてすべての料理を準備していたというから驚きで、まるでお正月のおせち料理のようです。

アラ煮

 くんち料理のなかでも特徴的なのが「アラの姿煮」です。アラとは高級魚のクエのことで、この日のために体長1m超えるような大きなクエが用意されます。大きすぎてほとんどの家庭で煮ることができない最近は、巨大な専用鍋のある鮮魚店に頼むことが多いとか。

 家庭によっては、アラを塩焼きにしたり、鯛を用意することもあります。とある家庭の奧さまは、「いろんな人が食べても、ひっくり返せばまだいっぱい食べるところがあるので、なかなか減らならないんですよ」とおっしゃっていました。

ツガニ

 ほかによく見かけたのが、ツガニ(モクズガニ)でした。秋が旬のツガニは、栄養を蓄えたメスがおいしいといわれ、九州のほか、静岡県や高知県でも食べられています。大皿にドカンと豪快に盛られたカニは甘くてとてもおいしかったです。赤い色もおめでたい印象がしますよね。いずれもハレの日の料理らしい一品です。

 どこの家庭でも、皆さん、合言葉のように「どうぞどうぞ」と声をかけてくださり、快くもてなしてくれます。1日動き回って体力消耗する曳子の場合は、自分たちの順番が来るまでのパワーチャージでもあるのでしょう。モリモリ食べている中学生くらいの男の子数人に、みんな「こっちも食べたら?」と、さらに勧めていました。

 地元のケーブルテレビでは唐津くんちが生中継されていて、アナウンサーが300人以上の来客があるお宅を訪れ、巨大な皿に盛られた料理が大写しになりました。見ていると地元の人が「テレビだと大きさがわかりにくいけど、あのお皿、直径1.8mあるよ」と教えてくれました。台の上に置いて、中華テーブルのように回せるようになっているとか。あまりにも大きく重いので、保管している場所から軽トラで運ぶのだそうです。

くんちの3日間で3か月の給料が飛ぶ

ふるまい料理

 曳子には子どももいますが、伝統的に女子は中学生までで卒業となります。大人の女性たちは時間をかけて料理の準備。ご近所さんや知り合いが協力して行うことも多く、女性の負担はかなりのものでは……と思うとソワソワしてしまいます。
「大変なのは、くんちのときだけだからねー」「年に一度皆さんがこうやって来てくれることが楽しいんですよ!」という声があって、ちょっとホッとしました。

宵山の料理

 ただ、この豪華なお料理を準備するには、相当お金もかかりそうです。「この日のためにみんなお金貯めるから」という話も聞かれたとおり、唐津には「三月倒れ」という言葉があり、この3日間で3か月分の給料が飛ぶ……とも言われているそうです。
 それゆえ、一か所にダラダラと長居をせず立ち去るのがマナーのようでした。次々といろんな人が現れるので、別の人の姿が見えたら、サッとおいとまします。

 お年玉の「くんちバージョン」も目にしました。子どもたちの名前を呼んで、ひとりずつに「くんち玉やるぞー」と500円玉を渡しています。酔っぱらうと渡したか記憶が定かでなくなり、「何度も同じ子に渡してしまう」と豪快に笑っているお父さんもいました。
 こっそりと「僕、今7000円持ってるよ」と自慢げに耳打ちしてくれるお子さんも。どうやら大量の500円玉も必要なようです。

居酒屋にて

 唐津出身で現在は東京にお住まいの70代の男性は、子どものころの体験が忘れらず、「今はもう実家はないけど、やっぱり見たくて」と教えてくれました。幼少期から、あの独特のお囃子の音色やかけ声、迫りくる曳山の姿が刷り込まれると、そんな気持ちになるのも納得できます。
 お盆やお正月は帰らなくても、くんちに合わせて帰省する人は少なくないようで、今回お邪魔したご家庭でも、今日東京から帰ってきたという大学生の息子さんに出会いました。

 進学や就職で実家を出たとしても、地元に帰る理由になる唐津くんち。そして、豪華なくんち料理をふるまうのは豊かさや幸せの証であり、そこに同席することにより、その幸せを分けてもらっているような気持になりました。こういった背景も含めて文化遺産なのではないかと感じます。

 でもやっぱり女性は大変だと思いますが(笑)。皆さんも唐津に知り合いができたら、是非くんち期間中に訪ねてみて、幸せをお裾分けしてもらってください。

<取材・文/大村 椿>

大村椿さん/テレビ番組リサーチャー
香川県生まれ、徳島県育ち。2007年よりフリーランスになり、2008年から地方の食や習慣などを紹介する番組に携わる。その後、グルメ、地域ネタを得意とするようになり、「ご当地グルメ研究家」として食に関する活動も行っている。