兵庫の郷土料理「イカナゴのくぎ煮」漁期がたった1日になり消滅の危機に

「イカナゴのくぎ煮」は兵庫の春の風物詩。家庭の味として長く親しまれてきましたが、漁獲量が激減し2024年は漁期がたった1日に。料理研究家ユニット「あすまるさんキッチン」のメンバーで神戸出身の中元千鶴さんが、貴重な郷土料理のつくり方を取材しました。

瀬戸内海沿岸の郷土料理「イカナゴのくぎ煮」

いかなごのくぎ煮

「イカナゴのくぎ煮」は、兵庫県の播磨灘・大阪湾沿岸地域の郷土料理で、生のイカナゴをしょうゆ・砂糖・ショウガなどで甘辛く煮た、とてもおいしい佃煮です。ご飯のおかずに、酒のつまみに、卵かけご飯に乗せても絶品です。

 イカナゴ漁は解禁日が決められています。毎年2月末から4月にかけて、ひと月ほど漁が行われ、昔はどこの家でも大量にくぎ煮を炊き、ご近所や友人、親戚などに贈るのがこの地域の春の風物詩でした。

 筆者の地元・神戸でも、子どもの頃はイカナゴのくぎ煮づくりが盛んで、母も毎年、大量に炊いていました。ご近所も親戚も、あちこちで炊いていたので、この時季は町じゅうが甘く香ばしいくぎ煮のにおいに包まれ、そのにおいをかぐと、春の訪れを感じたことをなつかしく思い出します。

イカナゴが激減。絶滅の危機に

兵庫県におけるいかなご漁獲量の推移

 ところが、イカナゴの漁獲量が年々減少。1970年には兵庫県だけで3万8948トンも獲れていたイカナゴが、2017年以降はその20分の1以下の1000~2000トン程度になり危機的な状況です(※)。

 関係漁業者による協議の結果、資源保護のために年々漁期が短くなり、2024年は、たった1日。しかも解禁されたのは播磨灘のみで、大阪湾は禁漁に。このままでは来年解禁されるかどうかもわからない、とても厳しい状態です。

(※)兵庫県庁ホームページ「兵庫県におけるイカナゴの漁獲量の推移(トン)」より

1kg 6500円。超貴重なイカナゴ

生のいかなご

 当然ながらイカナゴの価格は高騰し、地元の「明石 魚の棚商店街」にある鮮魚店での販売価格は1㎏なんと6500円。もっと高いお店もあります。このとても貴重で高価なイカナゴを、早朝から並んで確保してくださったのが、映画監督でTBSの番組制作プロデューサー・大岡大介さんと、そのお母さまで神戸在住の大岡和子さんです。

 じつは、和子さんが毎年イカナゴのくぎ煮を炊いて送ってくださり、あまりのおいしさに「つくり方をぜひ教わりたい」とあすまるさんキッチンのメンバーで盛り上がり、数年前から見学をお願いしていたのです。

大岡和子さん

 私の母も毎年炊いていたのに、恥ずかしながら、つくり方を教わったことがありませんでした。いつの間にか母はつくるのをやめ、レシピも忘れてしまったとのこと。このままではイカナゴのくぎ煮という食文化そのものが衰退してしまうかもしれないと思い、和子さんから学ぶことになりました。

 当初は3人でイカナゴの解禁日に合わせて神戸に行き、現地で直接教わる予定でした。ところが、今年は解禁日が大幅にずれたうえに、漁期が1日で終わってしまったため、見学することができませんでした。そこで、大岡さんが東京から神戸に帰省し、動画を撮影して、上映会を開いてくれました。

絶対に混ぜてはいけないイカナゴレシピ

絶対に混ぜないのがポイント

 イカナゴのくぎ煮づくりは想像と全然違っていて、驚きの連続でした。たとえば、イカナゴを一気に鍋に入れるのは厳禁。少しずつ鍋に入れ、再沸騰してから次のイカナゴを入れ、とにかく絶対に混ぜてはいけないんです。

 これにはちゃんと理由があります。イカナゴは身がやわらかいため、一気に入れたり、混ぜたりすると、身がくずれて頭が取れてしまうから。わずか1~2cmの小さなイカナゴが、しっかり尾頭つきで魚の形をして、あめ色のツヤツヤに仕上がっているのが、上手に炊けた「イカナゴのくぎ煮」だそうです。

 昔ながらの伝統製法に、和子さんの長年の経験と勘とコツがいっぱいに詰まったイカナゴのくぎ煮のレシピは、まさに未来に残したい貴重な記録です。

【材料】つくりやすい分量
イカナゴ … 1kg
ショウガ … 70g
A(黄ざらめ250g、しょうゆ200ml、酒50ml、みりん50ml)

【つくり方】
①イカナゴは身をつぶさないようにやさしく水洗いし、ザルに上げて水気を切る。ショウガは皮つきのまま千切りにする。
②鍋にAを入れて強火で煮立て、①のショウガをひとつかみ散らし、その上にイカナゴをひとつかみ散らすように加え、再沸騰したら、同様にショウガ、イカナゴを加え、繰り返しながら少しずつショウガとイカナゴを入れる。
③すべてのショウガとイカナゴが入ったら、ふきこぼれないように注意しながら強火で煮て、アクを取り、アルミホイルで落としぶたをして、煮汁が少なくなるまで煮詰める。

鍋をゆすって上下をかえしている

④煮汁が見えなくなったら、鍋をゆすって上下をかえし、弱火でさらに煮詰めて煮汁をからめ、また鍋をゆすって上下をかえすのを数回繰り返す。

ザルに上げてさます

⑤煮汁がほとんどなくなったら火を止め、ザルに広げて菜箸でほぐし、扇風機で手早く冷まして照りを出す(鍋底に残った分はこそげ取って自宅用に。これがまた香ばしくておいしい)。

 和子さんが五感をフル活用して、絶妙なタイミングで仕上げるイカナゴのくぎ煮のつくり方を動画で見たい方は、あすまるさんキッチンのYoutube「絶滅寸前の超貴重な『いかなごのくぎ煮』作りを学ぶ」をご覧ください。

あすまるさんキッチンの3人

いつかまた、イカナゴがたくさん獲れるようになったら、私もなつかしい故郷の味・くぎ煮づくりに挑戦してみたいです。

<取材・文/中元千鶴、撮影/大岡大介、取材協力/大岡和子(料理)、あすまるさんキッチン

中元千鶴
ヘルシー料理研究家・ライター。兵庫県神戸市出身。食生活アドバイザー、サプリメントアドバイザー、野菜ソムリエの資格を持ち、低カロリー・減塩・野菜たっぷりのヘルシー料理で「食べてやせるダイエット」を提唱。メディア出演、レシピ開発、講演、執筆など幅広く活動。ホームページSNSで広く発信中。

あすまるさんキッチン
規格外などで出荷できない食材を、3 人の料理研究家(ヤミーほりえさわこ・中元千鶴)が「日もちのするおいしい食品」に加工して、みなさんの食卓に届けるフードロス活動。※2023 年「農家のだいどこ」より改名。