発達障害をもつ子どもは、障害の特性により美容室などで大きな声を出したり、パニックを起こしたりすることがあります。「迷惑をかけるから」とつい遠慮する保護者も多いなかで、障害について学び、専門性を身につけた美容師が困りごとを抱えている子どもたちにヘアカットを提供。そしてその技術を広めようとしています。
子どもの気持ちに寄りそう「スマイルカット」
京都市伏見区で美容室「Peace of Hair」を経営する赤松隆滋さんは、小さな子どもや発達障害をもつ子どもを対象とした「スマイルカット」を考案。サロンワークのかたわらNPO法人を立ち上げ、スマイルカットを全国の理美容室に広める活動を行っています。
「発達障害のある子どものなかには、理美容室に行くことの難しい子がたくさんいます。そんな子たちに寄り添いながら、本人も納得のうえで『笑顔でヘアカット』を心がけています。子どもも保護者も笑って、私たち美容師も笑う。みんなが笑顔で子どものヘアカットをする。それが『スマイルカット』の目指すところです」
児童館のカット教室が活動のきっかけに
子どもの歩幅にあわせ、嫌がる理由を子どもの目線に立って探し、楽しくなる環境を考えていくという赤松さん。「スマイルカット」を始めた理由をこう語ります。
「昔、小学校教員に憧れたこともあり、美容師として子どもに関わっていこうと、15年前から地元の児童館で子ども向けの前髪カット教室を開いていました。ある日、教室に来ていた母親から『息子には発達障害があって、美容院に連れて行けなく困っている』と相談されたんですね。それをきっかけに、障害を抱える子どもたちのヘアカットに取り組むようになりました」
お店にくる子どもたちは特性だけじゃなく性格も違う。100人いたら100通りくらい違う、という赤松さん。さまざまな子どもたちに接するために、障害への理解や専門性も必要となります。そのため、赤松さんは大学院を受験。働きながら障害について学びました。
「障害をもつ子どものカットを担当するときには、事前に保護者にヒアリングして、どのように対応していくのがベストかイメージすることからスタート。当日は、なるべくリラックスできる環境をつくり、今からどんなことをどのくらいするのかを、絵カードやハサミなどの道具を見せながら、視覚的に伝えるんです。また、応用行動分析学(※)などの理論を使い、ヘアカットに対するマイナスイメージをプラスイメージに変えていきます」
(※行動だけでなく、行動のきっかけと結果に注目し、子どもへの理解を深めようとする考え方のこと)
これまで美容室で髪を切ることのできなかった子どもたちとその家族は、スマイルカット導入店を検索することで、対応してくれる美容室を訪れることができます。
「うちの子には無理かも、と半ばあきらめている保護者も多いのですが、がんばって髪をカットしてもらう様子を見て、『子どもの可能性に期待をもてるようになった』といわれることも。また、美容師からは、障害をもつ子どもだけでなく、小さい子のヘアカットでも泣かれずにヘアカットできるようになったと喜ばれています」と、赤松さんはスマイルカットの影響を語ります。
スマイルカットが当たり前になるように
障害をもつ子どもの「できること」が増えていくことは、保護者にとって切実な願い。困難に立ち向かい、回復力を高めることにつながる活動は、困りごとを抱える子どもと家族に寄りそい、支援の力を高めていくことにも。
「発達障害のある子どもは、『困った子ども』ではなく、『困っている子ども』です。スマイルカットという呼び名が必要となくなるくらい、全国どの理美容室でも、そんな子どもたちを優しく受け入れることが、当たり前になってほしいですね。私は、子どもたちからたくさんの大切なことを教わり、今も関わりを心から楽しんでいます。できないと思っていたことができると、まわりの人たちは笑顔になり、子どもたちも自信がついてさらに成長します。スマイルカットの活動が全国で当たり前のように広がれば、また、あらゆる分野のプロたちが困りごとをもっている子どもたちに手を差し伸べることができれば、きっと子どもたちにとって優しい世の中になると思います」
スマイルカットに参加する理美容院は年々増加中。この活動が理美容業界だけではなく、さまざまな分野での発達障害を抱える子どもたちの理解にもつながることが望まれます。
【赤松隆滋(あかまつりゅうじ)】
美容師・理容師。京都市伏見区にて美容室「Peace of Hair」を運営するかたわら、2014年に「NPO法人そらいろプロジェクト京都」を設立。発達障害などで散髪が苦手な子どもへのカットを行なう「スマイルカット」活動のほか、講演やヒーローショーなどをとおして障害のある子どもたちへの理解を広める活動も行なう。大阪樟蔭女子大学非常勤講師。2015年、「第 50回NHK障害福祉賞」最優秀賞受賞。
<取材・文/カラふる編集部>