レシピサイトのクックパッドで働きながら、「世界の台所探検家」として活動している長野県出身の岡根谷実里さん。2021年12月に書籍「世界の台所探検 料理から暮らしと社会がみえる」を出版しましたが、最近、ふるさと長野の郷土料理に再注目しているのだとか。長野の郷土料理にひかれるのはなぜか? おさかなコーディネータのながさき一生さんがレポート。
海外でのインターンシップで家庭料理に興味をもつように
長野県で生まれ育った岡根谷実里さんは、家庭料理に興味をもち、世界中の台所を旅しています。これまでめぐった国・地域は60か所以上で、そこで得た知見を市民や学生に向けて発信。その台所探検の活動は、NHK「世界はほしいモノにあふれてる」などでも取り上げられました。
そんな岡根谷さんが、家庭料理に興味をもったきっかけはなんだったのでしょうか。
「じつは、大学生の頃に関心があったのは、国際協力でした。その一環で国連機関でのインターンシップに参加したのですが、そこでの体験がきっかけになりました」。
どのような体験をされたのですか?
「当時は、土木工学を専攻し、途上国でインフラ整備を行うことで人の生活をよくしたいと思っていました。ところがケニアに滞在していたとき、インフラ整備でそれまでの生活が壊されるという事態に直面、複雑な気持ちになりました。そんな中、人々が必ず笑顔になれるところに目が行くように。それは、家族や仲間がそろっての食事の場だったんです。地球上の誰でも笑顔になれる料理の力にひかれるきっかけにもなりましたね」。
こうして、料理に興味をもった岡根谷さんは、レシピサービスを展開するクックパッドに入社します。入社から3年ほど経った頃、料理や笑顔の生み出される台所への興味が抑えられなくなり、自分の時間を使って世界中に出かけるようになったそう。
世界の台所を巡って気がついた ふるさとの料理の素晴らしさ
そんな岡根谷さんは、ふるさとである長野に再注目しているとか。それはなぜなのでしょうか。
「世界の台所を巡っていて、例えばブルガリアでは、家の周りにある木の実でジャムをつくるんですが、自分の周りのもので工夫をして生活の糧がつくれる人ってカッコいいなと気がついたんですね。そういえば、長野では、祖母が山でとれた根曲がり竹とサバ缶と合わせて汁物をつくってくれたり、地元の山菜で煮物をつくってくれていたなと思い、自分のふるさとに原点回帰してみようと思いました。そうしたらすごくおもしろいんです! 根曲がり竹とサバ缶の汁物もそうなのですが、近くで取れる山の幸をおいしく食べるため、保存している海の幸をうまく組み合わせておいしいものをつくる。サトイモと棒ダラの煮物とか。そういった知恵って、とてもカッコいいですよね」
世界をめぐって見つけた気づきを1冊の本に
これまでの体験を元に書かれた初の書籍ですが、ここで伝えたかったことはなんでしょうか。
「料理って単に食べるものでなく、つくる過程なども含めた暮らしの一部だと思っていて、本を通してそんな世界の暮らしの息づかいを感じてもらえたらと思っています。例えば、パレスチナには『マクルーバ』という炊き込みご飯のような料理があるのですが、これは家族みんなで役割分担してつくります。その光景は、まるで家族イベント! 週に一度のその食事は、特別な意味があるんです」。
お話を伺っていると、まるで岡根谷さんと一緒に世界を旅しているかのようです。
「そうなってもらえたらうれしいです。紀行文仕立てにしており、読む方と一緒に旅できることを念頭に書きました。コロナでなかなか海外旅行には行けませんが、本を通じて旅行気分も楽しんでいただけたらと思っています」。
書籍には、世界の家庭料理のレシピを掲載するだけなく、地球上のさまざまな国の台所を巡った岡根谷さんならではの気づきがつまっています。そして、あらためて気づいた長野の素晴らしさ。岡根谷さんの紀行は、日本各地の郷土料理の新たな魅力に気づくためのヒントにもなりそうです。
<写真・文/ながさき一生>
おさかなコーディネータ・ながさき一生さん
漁師の家庭で18年間家業を手伝い、東京海洋大学を卒業。現在、同大学非常勤講師。元築地市場卸。食べる魚の専門家として全国を飛び回り、自ら主宰する「魚を食べることが好き」という人のためのゆるいコミュニティ「さかなの会」は参加者延べ1000人を超える。