この道60年の名人がつくる、かわいいクマの木彫りの写真集が完成

北海道上士幌町に家族で移住した瀬野祥子さん。地元のクマの木彫りの名人がつくるかわいい作品に夢中になり、「このクマをより多くの人に知ってもらいたい」と、周囲の協力を得て写真集を完成させました。

林業の会社で出会った木彫り名人のみきおさん

作業中のみきおさん

 みきおさんは夫が働いていた林業会社の大先輩。働いていた頃から夫はよくみきおさんの話をしていました。仕事熱心で、みんなが休憩をしている時間もよく仕事をしていること。仕事が正確で、みきおさんが切った木は、本当にキレイなこと。
 いつも夫の話を聞きながら、「本当に夫はみきおさんという人を尊敬しているんだなあ」と私は感じていました。

 ある日、休憩中に、皆であめをなめていたら、みきおさんが落ちていた木を器用にチェンソーで彫り、あめを入れる器をつくってくれたそうです。帰ってきた夫は、「本当にすごかったんだよ!」と、目の前で器がつくられていく様子を説明しながら、とても興奮していました。

 夫が林業の仕事を辞めた後、町でばったりみきおさんにお会いしたことがありました。みきおさんは、私が勝手につくり上げていたがんこな職人のイメージとは違い、とても優しく柔らかい印象の方でした。

 実はみきおさんも、夫が会社を辞めた頃に、仕事を辞めていたのです。今は家で彫り物一本でやっていると話しており、「毎日工房にいるから、遊びに来たらいいよ」の言葉に甘えて、夫はすぐに工房を見に行きました。

擬人化された、かわいいクマの木彫り

腹筋するクマの木彫り

 みきおさんの工房から帰ってきた夫は、とにかく興奮していて、「お前もみきおさんの木彫りを見た方がいい」と、すぐに私を工房に連れて行ってくれました。工房にお邪魔するまでは夫も詳しく知らなかったそうですが、みきおさんは、木彫りのクマを彫る職人さんだったのです。

 みきおさんのクマは、よくあるサケをくわえたものではなく、腹筋をしながらユラユラ動くクマや、逆立ちをしたりポーズをとっている、擬人化されたクマたちばかりでした。

 愛しくてたまらない!!! どれを見ても、そんなクマたちばかり。私たちは一瞬で、みきおさんのクマの虜になりました。

2頭の熊野木彫り

 口数の少ないみきおさんですが、少しずついろいろなことを教えてくれました。初めて木彫のクマを彫ったのは小学校4年生のときで(上の写真は初めて彫ったクマ)、15歳から木彫り職人のもとで働いていたこと。途中で木彫りのクマだけでは食べることが難しくなり、林業の仕事を始めたこと。それでも仕事が休みの日はクマを彫り続け、気づけば60年経っていたこと。未だに納得できる作品ができていないこと。

 60年同じことを続ける。好きなことをやり続ける。どんな仕事も手を抜かない。無駄なことはひとつもないから。みきおさんと話をしていると、大切なことをたくさん教えてもらっているなと感じます。

写真集をつくるため周りの人たちを巻き込む

みきおさんが彫ったクマたち

 何度か工房に遊びに行くうちに、そしてみきおさんの話を聞くうちに、私はだんだん、「なんでこんなにすごい人がこの町にいることを、ほとんどの人が知らないんだろう。もっとたくさんの人と、みきおさんのクマの魅力を共有したい!と思うようになりました。それは夫も同じでした。

 ある日みきおさんが、有名な木彫り作家さんの写真集を夫に見せていたとき、夫は急にその本を閉じて、「俺はこの写真集より、みきおさんのクマの写真集が欲しい! 俺たちと写真集をつくりませんか?」とみきおさんに言ったのです。

 みきおさんは最初、「誰がそんなの買うんだい?」と笑っていましたが、いつも真面目に向き合ってくれるみきおさんは、「挑戦してみよう」という返事をくれました。

 自らそんな提案をしたからには、中途半端なものをつくるわけにはいかない。でも、自分たちの力だけで、写真集なんて初めてのものをつくれるのだろうか? 

 到底、私たちだけの力では本を完成させることはできないので、私たちがこれまでのお仕事で出会った、尊敬する方たち3人に木彫のクマの写真集をつくりたいという思いを伝えました。

 予算もない。計画性もない。そんな私たちのお願いを、3人の方全員が了承してくださったのです。

新聞にも掲載されたみきおさん

 写真は、十勝を代表する写真家の岩崎量示さん。文章は、私たちと同じ町内で編集やコピーライティングを手がけるコジマノリユキさん。 編集は、道東で今までにない取り組みを仕かけ続けるドット道東、野澤一盛さん。

 みきおさんのクマの魅力を最大限に引き出してくれる写真、みきおさんの人柄をありのままに伝えてくれる優しい言葉、手に取りたくなる読みたくなるきっかけをつくってくれる編集、展示会の手配に、告知、お金の計算、雑用まで。忙しい毎日のなかで、私たちの思いに賛同して、なにからなにまで協力してくれたみなさんには、本当に頭があがりません。

写真集「みきおさんのクマ本」がついに完成

みきおさんのクマ本

 そしてとうとう、たくさんの方のご協力のおかげで、本が完成しました。その名も「みきおさんのクマ本」。みきおさんに渡したくて、約束したことを守りたくて、この愛しさを1人でも多くの人に届けたくて、でき上がった本です。

 1人でも多くの方の手に届けることができたら幸せです。そして、みきおさんのクマの魅力やみきおさんの人柄、なにより、ひとつのことを続けることのすばらしさが伝わればと願っています。 

みきおさんのクマ店」のサイトもぜひのぞいてみてください。

<写真/岩崎量示 撮影(新聞紙面・書影)・取材・文/瀬野祥子(ワンズプロダクツ)>

瀬野祥子さん
2016年に北海道上士幌町に家族で移住。現地でさまざまな仕事を経験し、夫と一緒にデザイン会社「ワンズプロダクツ」を起業、地域のニーズに応えている。