伊賀焼、萬古(ばんこ)焼といった伝統工芸が盛んな三重県。歴史あるメーカーが新ブランドを立ち上げたり、若手作家が移住していることから、工芸品・雑貨好きから注目を集めています。そのなかから、今回は萬古焼作家の関真衣子さんをご紹介。
色、形、用途もさまざまで、特徴がないのが萬古焼特徴
萬古焼は三重県四日市市を中心に生産されている焼き物で、made in Japanの土鍋の約8割がこの萬古焼。独自の耐熱陶土を使っていて熱に強く丈夫、発色のよさが特徴です。また、同じく萬古焼の「紫泥急須」は、国の伝統的工芸品にも指定されています。
萬古焼の歴史は300年ほど。土鍋や急須以外にも、食器や花器など種類もさまざまで、その多様さゆえに「萬古の印があることがいちばんの特徴」と言われるほど。つくり手の自由な発想が萬古焼を支えてきたと言えます。現在は、四日市市内に萬古焼の知識と技術を1年間かけて学べる「やきものたまご創生塾」(通称・やきたま)という研修の場があり、卒業後の就職も紹介してくれるのだそう。
今回取材した陶芸家、関真衣子さんも「やきたま」出身。2018年に卒業後、自宅の一室を工房にして作陶を続けている、今注目の若手作家のひとりです。
生活からヒントを得て、役立つものをつくりたい
柔らかいラインでアート的な作品が多く見られる関さんの作品。その特徴をご本人に聞くと…。「自分らしい色や形というのがまだ見えてなくて。テーマを与えてもらい、そのなかで工夫してつくることが今の自分には向いていると思います」と遠慮がちに。
一方で、つくりたいものを聞くと、シェードやサイドテーブルなど、焼き物としては少し変わったラインナップ。「もともとインテリアが好き。暮らしのなかにあるものは、焼き物でできるかなと考えます。ウエットティッシュ入れや蚊やり器も、置いてあるだけですてきだなと思えるものをつくりたいですね」。
また、家事と育児が作品のヒントとなることも。代表作であるドーム型のふたは、ラップを減らすという目的からできたそう。
「帰りの遅い夫の夕飯にラップをかけておくのですが、毎日のことなので環境の面でも気になっていて。そこで、ラップの代わりになるふたをつくりました。つまみやすさを試行錯誤してできた形です」。お客さんからは、ふたを開けたときの驚きや楽しさもあると好評だとか。
子どもの食育を考えてつくった器(コランダーボウル)からは、母ごころが見え隠れします。
「ざるとして使えるように器の底に穴を開けました。取り外せる高台に乗せてそのままテーブルへ。自分で洗って器に出し食べる、という一連の作業がひとつの器で簡単にできます」。
仕事と主婦業、そして子育てをしながらの作陶は思うようにいかないことも。でも「今の生活のすべてが作品に関わっているんですよね」と関さん。「私がつくったものが、なにかの役に立つといいなと思うんです」。
東北から世界を経由して萬古焼にたどり着く
1979年、宮城県に生まれた関さんが地元を離れたのは高校生のとき。千葉県にある全寮制の高校に入学し、その後アメリカの大学へ。在学中にいろいろな国を訪れ「知ることの大切さを実感した」と言います。帰国後は大学院で国際関係を学び、「多くの人に事実を伝えたい」という思いから通信社へ就職。
記者として働き、2度目の赴任先である三重県津市で現在の夫と出会い、結婚を機に退職。その後、三重県四日市市に家を構えました。
「次になにかするなら、ものづくり」と思っていた関さん。前職で伝統工芸についての取材をしたことも、イチからものをつくることへの興味に繋がったそう。そんな思いを抱きながら、子どもを出産。まもなく東日本大震災がおこり、子どもが小さなうちは家の近くで働きたいと思うようになったと言います。そして、4年前に「やきたま」の募集を知り、念願のものづくりの世界へ。
「やきたま」卒業後は、萬古焼の情報発信の拠点となっている、ばんこの里会館で館長補佐として働きながら作陶する日々。「広報の仕事がメインですが、萬古焼の歴史や、昔の作品に触れる機会が多く、発想のヒントにもなりありがたいです」と話してくれました。
陶芸家がつくることを通じて社会のためにできること
「役に立つ」というキーワードは、このほど立ち上げた『Banko Wanko Nyanko Project(バンコ ワンコ ニャンコ プロジェクト』にも繋がります。
「ねこ皿などの売上の一部を譲渡会などの保護活動をしている市内の団体に寄付するプロジェクトです。寄付の金額は少ないと思うのですが、保護活動の紹介や支援の方法を知るきっかけになったらうれしいですね」と微笑む関さん。
そして「社会貢献が言い訳ではないですけど…。つくることプラスアルファのなにかをしたいと思っています」と控えめな面持ちながらもまっすぐと話してくれました。
陶芸家のなかで、異色の経歴を持つ関さん。これまでの歩みもすべて含めた関さんだからこそ生み出される作品の数々は、生活と繋がり、社会と繋がるもの。自分らしさは模索中と言いながらも、陶芸家・関真衣子の作風はすでに確立されているように感じました。
関麻衣子(せきまいこ)さん
1979年、宮城県生まれ。通信社の記者を経て、「やきものたまご創生塾」にて作陶技術を学び萬古焼作家へ。関さんの作品は自然食品や野菜を販売している「ねのひら物語」の一角に常設されています。また自身が参加する「第一回 萬古陶芸作家展」が9月に開催予定。現在の萬古焼きの世界を牽引する著名な方から若手まで幅広い作家が集まります。萬古焼の多様性を体感できる展示会になりそうです。
日時:2021年9月11日(土)〜10月31日(日)
場所:ばんこの里会館 1階・企画展示室
<取材・文>西墻幸(ittoDesign)
西墻幸さん
1977年、東京生まれ。三重県桑名市在住。編集者、ライター、デザイナー。ittoDesign(イットデザイン)主宰。東京の出版社で広告業務、女性誌の編集を経てフリーランスに。2006年、夫の地元である桑名市へ移住。ライターとして活動する一方、デザイン事務所を構え、紙媒体の制作や、イベント、カフェのプロデュースも手がける。三重県北部のかわいいものやおいしいものに詳しい。