いなべ市へ移住した女性陶作家の食器が中国・台湾で人気

伊賀焼、萬古(ばんこ)焼といった伝統工芸が盛んな三重県。若手作家やさまざまなジャンルの職人が移住したりと注目を集めています。今回はいなべ市の陶作家・秋保久美子さんをご紹介。

名古屋からいなべ市に移住して工房を開設

秋保久美子さん
陶作家の秋保久美子さん。三重県の最北端、藤原町にあるアトリエにて

 岐阜との県境にある三重県いなべ市藤原町。そのなかでも、最北となる立田地区に陶作家の秋保久美子さんが、写真作家の夫とともに営む工房「アトリエ hitotema」があります。取材当日は、凛と澄んだ青空に灰色の雲がところどころ浮かび、天気雨が降ったり止んだりという不思議な天気。アトリエで迎えてくれた秋保さんは「同じ市内でも、ここは雪が降ったら出られなくなるほど積もるし、ちょっと空気が違うんですよね」と言って温かいお茶をいれてくれました。

アトリエの隣には山と森
アトリエの隣には山と森。毎日、植物の成長を見回るのが日課

 地元の名古屋から作品の制作場所を求めて夫婦で2017年に移住。静かな自然と隣り合わせの環境に身を置き、その土地の四季折々の風景は確実に作品に映り込んでいると言います。

「いなべに来る前は植物を空想で描いていましたが、今では自然が身近なもの。道端に咲いている花をスケッチして、それをお皿に描き込んだり、デフォルメしてオブジェをつくったり。冬になると白い雪が降って、春になるとツクシが出てくる。季節がどんどん変わっていくのをはっきりと感じることができるのは幸せなことだなと思います」

マグカップ
季節の花が描かれたマグカップ
型押しで作った皿
型押しで作った皿。ろくろは使わない

 日々のささやかな時間を描くように作品をつくっているという秋保さん。
「私にとってささやかさは、無意識に近いんです。暮らしのなかで、目に入るか入らないかのところにさりげなく私がつくったものが使われているのが理想。パン屋さんのインスタで私のお皿が使われていたのでお礼をすると、あれ? そうだった? 全然意識してなかった、と言われて。そうやって何気なく選んで使ってくれていることがうれしいんですよね」

食器シリーズは中国・台湾でも人気

絵本のような絵柄
やさしい色彩の絵から人柄が伝わってくるよう
絵本の世界
1冊の絵本を表現したようにストーリーを感じる作品

 カラフルでポップなマグカップを始めとする食器のシリーズは、中国や台湾など海外で人気のシリーズ。
「女の子や動物の絵が中心で、細かく描き込まれているものが人気。中国の人には花や植物よりもそちらの方が好まれるみたいです」と笑う秋保さん。

 先日行われた中国・海口市での3人展では、初日で完売したという人気ぶり。すでに別のギャラリーで来秋予定している個展では300点以上もの作品を求められているそう。

「ひたすら器をつくっていると、これが私のやりたいことなのかと葛藤することもあります。私は陶芸家でもマグカップ作家でもないのにって。でも、反響があるとうれしいし、喜んでくれる人がいるとつくってよかったなと思うんです」

素焼き
色付けを待つ素焼きの数々
直接描く
素焼きの陶器に直接描いていく

アルバイト先で陶芸に目覚める

立体
土台に絵を描いてからナイフで、切り取り立体にしていく

 絵を描くことや5歳下の弟と新しい遊びを考えることが好きだったという幼少期。「空想上の花を描いたり、集めていた動物のぬいぐるみを主人公にして物語を描いたりして。書き溜めたノートがこんなにあるんですよ」と親指と人差し指を開いてその厚みを表しながら、穏やかに笑う秋保さん。そんな彼女が陶芸を扱うことになったのは、大学在学中から始めたアルバイト先の造形教室の先生が言ったひと言からでした。

「私のゆるい絵を見て、久美子の絵は土でつくったら合うんじゃないか、と言ってもらったんです。自分の絵が立体になるのはおもしろそうだなと思って。土をこねて小さな作品をつくるようになったのは、そこからですね」

絵
毎年製作している干支の置物は、こんな絵からスタートする
干支
2023年の干支「ゆきともち」

 架空の花を土の土台から削り出し、さまざまな色の釉薬にドボンと潜らせて色づける「dip flower」や、切り絵のように土台から立ち上げた「key」シリーズは秋保さんの代表作。立体のオブジェのなかに平面の面影が残るなんともユニークな作品です。

ディップフラワー
作品【dip flower】。花や植物を成形し様々な色の釉薬に潜らせて色付ける
キーフラワー
作品【key flower】
キーボン
作品【KEYBON】。ドローイングした植物をそのまま立体にするイメージからできた作品。土台から植物の形を型抜きして立ち上げた

トライ&エラーを続けながら導かれるような人生

アトリエ

 取材中、秋保さんは自分のこれまでを「導かれる人生」と表現しました。大学の専攻をテキスタイルデザインにしたのも、陶器をやってみようと思ったのも、移住先をいなべ市に決めたのも、描けなくなった絵がまた描けるようになったのも、海外で個展を開くようになったのも、節目節目にキーパーソンがいて彼らに導かれるように進んできて今があるのだと。

「ほんと、試行錯誤の毎日です」と言う秋保さんに10年後のヴィジョンを問いかけてみました。自分のことを自分がいちばんよくわかっていないと言いながらも「私のつくったものを喜んでいる人がいる限り、長くつくり続けていたいと思っています」とまっすぐに答えた秋保さん。

 これからも紆余曲折するかもしれません。でも、秋保さんは自分のペースでゆらゆらとバランスを取りながらつくり続け、必要なときに導いてくれる人に出会うのでしょう。
「どんな作品であれ、それが今の自分」。秋保さんのこれからが楽しみでなりません。

秋保久美子/陶作家
1988年、名古屋市生まれ。名古屋芸術大学デザイン学部デザイン学科テキスタイルデザインコース卒業。2017年、名古屋より三重県いなべ市藤原町に移住。夫で写真作家の田中翔貴さんとのユニット「アトリエ hitotema」では、その土地の四季折々の自然をうつし取る「形地染め」というオリジナルの技法を用いた染色や、陶器、写真を組み合わせた作品を発表している。現在は、名古屋芸術大学の非常勤講師として学生たちと草木染めの“実験”も行なっている。Instagram @kumiko_one_pan アトリエ hitotema Instagram @hitotema.293

<取材・文>西墻幸(ittoDesign)

西墻幸さん
1977年、東京生まれ。三重県桑名市在住。編集者、ライター、デザイナー。ittoDesign(イットデザイン)主宰。東京の出版社で広告業務、女性誌の編集を経てフリーランスに。2006年、夫の地元である桑名市へ移住。ライターとして活動する一方、デザイン事務所を構え、紙媒体の制作や、イベント、カフェのプロデュースも手がける。三重県北部のかわいいものやおいしいものに詳しい。