夜通し盛り上がる。宮崎日之影町で九州唯一の農村歌舞伎と神楽を体験

宮崎県日之影町(ひのかげちょう)では高齢化や過疎化が進む一方で、九州で唯一上演される「農村歌舞伎」や夜通し舞う「夜神楽」など、住人が代々受け継いできました。現地で緑のふるさと協力隊として活動する、森琴子さんがレポートします。

住民の生活に根づいた伝統芸能

日之影町

 宮崎県の北部に位置する日之影町は、町内のおよそ90%を占める山林と、深いV字型渓谷が特徴の自然豊かなまちです。特産品の栗、ユズ、ホオズキ、梅は県外からも注文が来ます。人口は約3200人、年間に約100人ペースで減少しており、高齢化率50%弱と、高齢化・過疎化が課題です。

 私が参加している「緑のふるさと協力隊」は、農山村の暮らしに興味がある人材と、地域を元気にしたい自治体をつなぐプログラム。隊員になると、1年間その地域で暮らしながら、特産品の生産や伝統行事など、あらゆる活動をお手伝いします。

大人歌舞伎の様子2

 日之影町で隊員活動を始めて驚いたのが、過疎地と思えないほど盛んな伝統芸能。大人(おおひと)集落で伝承される「大人歌舞伎」と「大人神楽」でした。

大人歌舞伎の様子

 大人歌舞伎は九州で唯一の農村歌舞伎であり、江戸時代から住民によって伝承され続けている宮崎県の無形民俗文化財です。
 農村歌舞伎には一般的に演じられている歌舞伎と異なる演目もあり、演技も舞台セットもすべて住民の手で行うため、一度でも途切れてしまえば正しく伝承することが難しくなります。

夜神楽

 大人神楽は日之影町内で舞われる「日之影神楽」のひとつ。日之影神楽は県の無形民俗文化財に指定されており、なかでも大人神楽は「夜神楽」といって夜通し舞い続けることが特徴です。

 日本全国で伝統芸能の担い手不足が問題となっていますが、日之影町も例外ではありません。大人歌舞伎や夜神楽に携わる地区住民も徐々に高齢化しており、存続が危ぶまれたこともあったそう。

大人歌舞伎で化粧をする様子

 それでも中学生を含む地元の若い世代や移住者、緑のふるさと協力隊も参加して、舞台に立つ顔ぶれは変わりながらも現在まで伝承されてきました。歌舞伎も神楽も、地区の皆さんにとっては子どもの頃から身近で大切なもの。私の想像を超える、熱い思いがありました。

祭礼の日の奉納行事、農村歌舞伎

大人歌舞伎の様子

 大人歌舞伎の始まりは天正年間(1573年~1592年)に現・日之影町の領主だった甲斐宗摂(かいそうせつ)が討たれたことを農民が悲しみ、宗攝が好んだ芝居を奉納したことと言われています。

 隊員活動を始めたばかりの4月に行われた桜公演は、稽古の様子から本番まで見学しました。町内にある「大人歌舞伎の館」ではじめて身近に聞く三味線や拍子木、ツケ打ち(歌舞伎独特の効果音)、せりふは体に響くようで心地よく、舞台に没入する感覚になりました。

大人歌舞伎の練習の様子

 そして10月初旬の祭礼の日、奉納行事として上演される秋公演には地区の人々を中心に、私を含む町外出身者も舞台に立ちます。稽古が始まったのは9月初旬。稽古は本番まで毎晩、行われます。

 まずは台本の解読から。手書きで残されてきた台本は旧字や、つなげ字が多く、内容とせりふが合っているか確認しながらの本読みです。何度も舞台に立っている地区の皆さんはさすが、すぐに習得する一方で、初挑戦の私は大苦戦。座長や歌舞伎保存会の方のせりふを録音し、何度も繰り返し聞くことで、言い回しも含めて暗記することにしました。

 舞台に立って動きの確認をするには、上演の録画や記憶が頼りです。60代、70代の演者さんが「覚えるよりも忘れていく方が早い」と笑いながらも、できる限り再現しようとする姿に、農村歌舞伎はこのように受け継がれてきたのだと実感しました。

大人歌舞伎本番の様子

 リハーサルまで「せりふが覚えらない」といっていた方も本番当日にはバッチリ合わせてくるのは、さすがとしか言いようがありません。シリアスなシーンもありますが、アドリブを混じえたコミカルなシーンでは笑いが起こります。舞台終了後に幕裏で握手をしている演者さんの顔には達成感があふれており、準備や稽古が大変でも続けたくなる理由があるのだと感じました。

夜通し舞う奉納「夜神楽」

夜神楽の様子

 農村歌舞伎の秋公演のあとは、11月から2月にかけて「日之影神楽」があります。作物の実りへの感謝と五穀豊穣を祈願して奉納される舞いで、深角神楽、岩戸神楽、四ヶ惣神楽、岩井川神楽の4つの流派があり、町内各所の集落で行われています。夜神楽は、高齢化や過疎化により、今では大人集落で行われる岩井川神社の例祭の奉納のみに。

神楽の演者さん

 神楽の起源は古事記や日本書紀といわれていますが、舞いの内容は地方によって異なり、大人神楽は古事記の天岩戸に隠れてしまった天照大神を祝詞や舞いで招き出すという『岩戸隠れ』の神話が元になっていると言われています(諸説あり)。

神楽の様子

 稽古は11月から始まります。神楽は太鼓・笛・鉦(カネ)からなる「楽」と、唱教・神楽歌からなる「発声」、そして「舞」が一体となる芸能。歌舞伎と同様、長年の経験者が多く、リズムや動きが体に染みついていることを感じます。

住民が形作る舞台

 舞いに必要なものや当日の会場準備も、舞い手である奉仕者殿(ほしゃどん)や集落の皆さんで行います。神楽を舞う御神屋(みこや)の四方に立てる榊や竹、しめ縄や彫り物(えりもの)、雲と呼ばれる御神屋の天井など、それぞれ得意分野を生かして自分たちの手で納得するまで準備をする様子に、真摯に向き合い続ける姿勢を感じました。

階段で舞う神楽

 1月半ばの本番当日は、12時頃に“すがもり”という身祓いを行い、岩井川神社へ神様をお迎えに出発します。岩井川神社では神事と“迎え神楽”の後、道神楽、舞い入れという順に行われます。階段から奉仕者殿が降ってくる様子は、とても厳かな雰囲気がありました。

夜神楽の舞

 19時からは歌舞伎の館にて、夜神楽が始まります。ここから翌日の12時まで夜通し神楽を舞い続け、28個の神楽が奉納されます。特徴的な力強い舞いと会場を巻き込んだあばれ神楽には、会場から大きな歓声があがりました。

伝統芸能を守る難しさと大切さ

歌舞伎舞台の盛況な様子

 大人集落は人数が比較的多く、年齢層も若いといわれており、集落行事も密に行われています。奉仕者殿は小中学生や移住者なども含めて30人ほど。それでも人数は十分ではないそうです。
「町内から通える高校や大学はほとんどなく、就職先も豊富ではない。町内に留まって神楽を舞い続けてくれたらと思うが、そう簡単ではないかもしれない」と伝承していくことの難しさを訴える人もいます。

町内の若い世代が舞う様子

 大人歌舞伎の公演や夜神楽の会場では、いたるところから「今年もこの季節が来た」とうれしそうな声が聞こえました。
 伝統芸能に携わる方からは「町外出身者を積極的に受け入れて一体となって行事を盛り上げる、今までの慣習を変えるなど、時代に合わせて変化し続けていることが、伝統芸能が伝承され続けている理由かもしれない」と伺いました。

 日之影町で緑のふるさと協力隊員として大人歌舞伎、大人神楽に携わらせていただき、若い世代が伝統を継承していくことの必要性や大切さをより一層、考えるようになりました。

<取材・文/森琴子>
<取材協力/大日止歌舞伎保存会、大日止神楽保存会、日之影町役場>

森琴子
愛知県出身。大学を一年間休学し、緑のふるさと協力隊に参加。4月から宮崎県北部にある日之影町で、農作業やイベントなど地域の手伝いをしながら暮らしている。趣味は写真。