桑名市「日本一やかましい祭り」を支える。提灯づくりを継いだ女性職人

伊賀焼、萬古(ばんこ)焼といった伝統工芸が盛んな三重県。若手作家やさまざまなジャンルの職人が移住したりと注目を集めています。今回は三重県桑名市で提灯職人になった岩永実和子さんをご紹介。

地域の伝統を象徴する提灯のつくり手は若き女性職人

石トリ
ユネスコ無形文化遺産にも登録されている「桑名石取祭の祭車行事」(撮影:岩永実和子)

 地域の伝統や文化と深くつながり多様性に富んだ日本のお祭り。なかでも三重県桑名市で行われる、江戸時代初期から続く桑名石取祭(くわないしどりまつり)は、少し風変わりな奇祭と呼ばれるお祭りのひとつです。提灯をずらりと掲げた40台ほどの祭車に取りつけられたかねと太鼓を深夜0時の合図とともに一斉にたたき始め、夜通し町を練り歩くというもので、「日本一やかましい祭」としても知られています。

 そんな400年以上続く桑名石取祭を、提灯を通して支えているのが、明治創業の岩永提灯店。現在は、5代目の岩永実和子さんと父親で4代目の和彦さんの二人三脚でお店を営んでいます。

親子
自宅兼工房にて。社会人を経て提灯職人の道へ

「小さな頃から父が作業をしているところに出入りして墨をすったり、古い提灯を広げたりしてお手伝い気分で遊んでいたんですよね。中高生になると繁忙期に手伝っておこづいをもらえるようになって。そのときに初めて、これは仕事なんだと意識しました。父に提灯づくりをやってほしいといわれたことは一度もないのですが、私自身、ずっと好きだったからかな…」と、美和子さん。

 はにかむように笑いながら話す実和子さんの向かいに座り、流れるような手さばきで和紙を貼りつけていた和彦さんは、「昔は桑名にも数十軒あった提灯店も、今やうちとあと1軒だけ。祭りの提灯はうちが3/4ほど担当していることもあり、店をなくすわけにはいかないんです。だれかを入れようかと思っていた矢先に(実和子さんが)やるといってくれて。やっぱりありがたいですよね、身内で続けられるのは」と穏やかな口調で話してくれました。

 保育士になる夢があり、短大卒業後「3年だけ保育士をやる」と宣言し、結果的に5年間働いた実和子さん。その後、提灯職人の道へ進んだのは25歳のときでした。

感覚や体で覚える提灯づくりの「加減」

塗り込んでいく作業
字を書くというよりは、塗り込んでいく作業

 岩永提灯店の提灯は、木型に竹ひごをらせん状に巻きつけて骨組みをつくるところから始まる伝統的な手法。和紙を一枚一枚貼り合わせてから乾かした後、一筋ずつたたみぐせをつけます。そうして張り上がった提灯に文字や絵を描き込み、最後に上下に曲げわっぱでつくった化粧輪を打ちつけたら完成。

 すべての工程は昔ながらの技法を守り手仕事で丁寧に行われます。だからこそ、しなやかで丈夫な美しい提灯をつくることができるのだそう。

のりづけ
ハケでのりをつけ和紙を貼り合わせる作業。強度と美しさの兼ね合いは職人の“加減”で決まる
道具
ハケにつけるのりの量も技術のひとつ

 提灯職人として歩み始めて5年になる実和子さんは、今では絵つけのほとんどを任されるようになり、今年に入ってからは骨組みつくりや和紙を貼る作業にも取り組んでいます。

「ひごを持つ手の押さえ方や巻き加減が難しくて、腕が何度もつりそうなるんです。父からは力んでいると指摘されても、どこに力が入っているか自分ではわからなくて」

上品な印象の提灯
和紙と和紙の重なりは強度が保てるぎりぎりの幅にすることで上品な印象の提灯になる

 ひとつの型ができるようになっても、形や大きさが変わると力の入れ加減も変わり、和紙の薄さも用途によって変わる。それに合わせてのりの量や塗り方も変わってくる。そのすべての変化を加減で対応していくことは、まさに職人技。「死ぬまで勉強です」と静かに言いきる和彦さんから技の奥深さを感じました。

現代のツールを活用しながら伝統を守る

化粧輪
修復した提灯の仕上げ。化粧輪に持ち手をつける

 今の時代を生きる職人さんは、伝統的な技術を習得するだけではなく、その先の未来へどうつなげていくかを、人材だけではなくさまざまな側面から考える必要に迫られています。ただ、そこはデジタルネイティブ世代。便利なツールを軽やかに使いこなし問題を解決してく力があります。

「ちょうちんの上下につける化粧輪をつくる職人さんが辞めてしまったときは、うちの曲げわっぱをつくってくれる職人さんをSNSで探しました。輪の大きさは同じでも地域によって厚みや高さが違うので、一からつくってくれる方が見つかったときはホッとしましたね」

わっぱ
桑名の提灯に欠かすことができない肉厚でしっかりとした国産の曲げわっぱ
古い提灯
何十年と使い込み傷んだ提灯をよみがえらせる重要な役割を担っている

 インスタグラムで発信することで、新しい注文や提灯の修復も全国から依頼されるようになったのだそう。将来的には人も増やし、インテリアとしての提灯や行燈もつくって伝統と現代のニーズを刷り合わせた提灯づくりもしてきたいと話してくれました。それもこれも、岩永提灯店を続けていくため。

自然体の実和子さん
後継という堅苦しさはなく、自然体の実和子さん

「張りきって継いだのに、私の代で終わらせるなんてできませんからね」と微笑みながら、きっぱりとした口調で話す実和子さん。若き5代目のプライドが見えた瞬間でした。

<取材・文>西墻幸(ittoDesign)

西墻幸さん
東京生まれ、三重県桑名市在住。編集者、ライター、デザイナー。ittoDesign(イットデザイン)主宰。東京の出版社で広告業務、女性誌の編集を経てフリーランスに。2006年、夫の地元である桑名市へ移住。ライターとして活動する一方、デザイン事務所を構え、紙媒体の制作や、イベント、カフェのプロデュースも手がける。三重県北部のかわいいものやおいしいものに詳しい。