琵琶湖の北東、長浜市の静かな農村地帯に昔から伝わる人形浄瑠璃が、なぜか海外からの留学生たちに大人気! これまでの20年弱の間に300人近い若者が、浄瑠璃を習うためにこの地区にホームステイしました。そのユニークな取り組みをレポートします。
「浄瑠璃を習いたい」と数十人のアメリカ人学生がアポなし訪問
見渡す限りの田園風景のなかにあるわずか20戸あまりの集落、冨田(とんだ)。ここに江戸時代から伝わる人形浄瑠璃が、海外の若者たちに人気です。
そもそもは江戸時代にこの地を訪れた人形一座が雪のため芝居を打てなくなり、帰りの旅費を工面するために人形一式を置いていったのが、ここで人形浄瑠璃が始められたきっかけなのだとか。それ以来、地域で愛されてきましたが、高度成長期には演者が集まらず、一時低迷。
その後、冨田以外の人も受け入れて再出発を果たし、地元のホールなどで定期公演を行うように。1994年からは海外公演にも出かけ、これまでロシア、ドイツ、アメリカ、ニュージーランドなどで、浄瑠璃の魅力を伝えてきました。
2001年の夏、アメリカでの講演の後、大学の学食で「演劇を学んでいる」という学生に、「演劇なら教えてあげる」と気軽に声をかけたところ、その年の12月に39人の学生が、アポなしで突然来日しました。
「正月の準備でてんやわんやのなか、大急ぎで39人のホームステイ先を決めました」と冨田人形共遊団代表の阿部秀彦さんは苦笑しますが、この滞在が予想以上に大好評。留学生たちもがんばって稽古を積み、最終的には公演にも登場したのだそう。
住民のバックアップで行われる、約2か月のサマープログラム
翌2002年には、外国人留学生がホームステイしながら人形浄瑠璃を学ぶ「冨田人形サマープログラム」がスタート。ここでは2か月間にわたって、人形遣いや三味線、浄瑠璃の稽古に励みます。3人ひと組で行う人形遣いはチームワークが必要で、さらにその練習は1日10時間に及ぶこともあるというハードワークぶり。
しかも、冨田には英語を満足に話せる人がほとんどいませんが、悪戦苦闘する学生たちとコミュニケーションをとりながら人形浄瑠璃を教え、キャンプの終わりには夏の定期公演で芸を披露。その公演には300人以上の観客が押し寄せ、大きな拍手が送られるそうです。
なにかと苦労の多いサマープログラムですが、若者たちが必死に取り組み、成長していく姿を応援することが、地域の人たちの楽しみにもなっているそう。
約300人の卒業生が、冨田の浄瑠璃をバックアップしてくれる
これまでにサマープログラムに参加した人は14か国294人にのぼります。卒業生とはその後も交流を続け、なかには日本語教師になったり、日本企業に就職する人も。最近では彼らがインターネットで情報を発信したり、冨田人形共遊団の海外公演の手助けをしてくれるそう。
そんな共遊団が長年の活動を認められ、第41回サントリー地域文化賞を受賞。表彰式では代表の阿部さんが「地域のボランティアの力を借りながら、これからも草の根の国際交流を続けていきたい」と抱負を述べました。
滋賀県の小さな集落が行う草の根の国際交流に、これからも注目していきたいですね。
<取材・文/カラふる編集部 写真/冨田人形共遊団>