田舎へ移住して農業に携わりたい、でも、未経験者がゼロから始めるのは厳しそう…。そんな躊躇がある人に知ってほしい「農家の従業員」という選択肢。自身も神奈川県から山口県萩市へ家族で移住して「農業生産法人」で働いている、石田洋子さんが教えてくれます。
農村に引っ越したのに、学校には農家の子がいない
漠然と「農」に関わることがしたいと思いながら、そこへ飛び込むまでは、大きな葛藤がありました。暮らしている地域は、田んぼとかんきつ畑が広がる農村部。子どもの通学路は、田畑に囲まれています。にもかかわらず、学校の保護者で職業が「農業」という人は1人もいなくて、ずっと不思議でした。
農業は上の世代がメインで、田植えや稲刈り、収穫などの農繁期に土日祝日などを利用して手伝っているという家庭はありますが、学校の保護者世代はみんな農業以外の仕事をしているのです。
「農業だけで生計を立てるのは難しい」、それがスタンダードなようで、日本の農業就業者の平均年齢は67歳(注)という事実が、目の前にありました。
(注)「農業労働力に関する統計」(農林水産省ホームページより)
もちろん、20代、30代の若手農家さんもいます。けれど、それは並々ならぬ努力の結果であり、環境にも恵まれている人たち。知れば知るほど、困難な道に思えました。
農業生産法人は未経験でも柔軟に働ける
そんなときに出合ったのが、萩市の農業生産法人「アグリード」でした。代表の竹重聡さんは建設業と農業それぞれの会社を経営する異色の農家で、米を中心に約7ヘクタールの農地を管理し、大豆、ニンニク、長ネギ、ゴマなども栽培しています。
この地域は「奥萩」と呼ばれることもある山奥の高台で、寒暖差が大きく、粘土質の土で昔から米がおいしいといわれてきました。竹重さんは「昔ながらの百姓の知恵を活かし、人や自然環境にやさしい農法で、心から子どもや孫に食べさせたいと思える安心安全な米づくり」をモットーに、体験イベントや商品開発など精力的に取り組んでいます。
このアグリードの農業のコンセプトに共感したこと、さらに、「忙しい、忙しい」と休みなく働きながらもどこか楽しそうで、やりたいことがいくらでも湧いてくるやる気の泉のような竹重さんに魅かれ、従業員として働けることを知って、雇ってもらうことにしたのです。
個人ではできないチャレンジが可能
アグリードでは、ありとあらゆるチャレンジをしてきました。自然栽培米づくりでは籾殻や米ぬかを主な肥料とし、農薬や化学肥料をまったく使用しません。さらに「はぜ掛け天日干し」といって田んぼに竹や木材でつくった物干しで数日間にわたって稲穂を天日で干して乾燥させ、じっくり栄養を染み込ませます。稲刈りにコンバインが使われるまでは当たり前のように行われていましたが、手間もかかり、大量生産できないので、今販売されているものは非常に少ないです。
最近では、パエリャ専用米「ボンバ」の栽培にも力を入れています。大粒でスープをたっぷり吸収し、粘りは少なくパラパラした食感が特徴で、国産では珍しい、スペインで栽培されてきた伝統的なお米です。
自社の自然栽培のもち米の加工品「お米のシロップ」は、日本各地で伝統的につくられている「米あめ」をシロップ状にして使いやすくしたものです。かつて、竹重さんの母親がその母や祖母とつくっていた記憶から誕生しました。原料はもち米と大麦のみ。自然な甘味で、赤ちゃんの離乳食にもなる体にやさしい甘味料です。竹重さん自作のかまどで、地域の女性たちが、薪の火で煮詰めて手づくりしています。ヨーグルトのトッピングやトーストに塗るのもおすすめ。カマンベールチーズにとてもよく合います。健康志向の人や一流料理店のシェフや料理家などからも、高い評価を得ています。
「農業」はやりたいことのひとつ。柔軟に働けるという発見
働き始めてわかったのは、農業生産法人で働くという選択肢は、未経験者にとっては、雇用されることで安定収入を得られ、設備投資もしなくていいのでリスクが低く、農業を始めるのに、いいステップになるということでした。「研修」という形で雇用主が期間限定で補助金を受けられるケースもあり、雇用側のメリットもあります。
農業は、力仕事や黙々と同じことを繰り返す作業も多いです。農家の従業員として雇用してもらうのであれば、体力仕事が得意かどうか、ルーティンワークを手堅くこなすことを好むかどうか、新しいことにチャレンジしたいのかどうか、など希望の働き方を明確にしたうえで、雇用主といい関係が築けることが重要です。
アグリードでは、民泊やライターなど私のほかの活動も応援してもらえ、柔軟な働き方ができるという居心地のよさを得られています。コロナ禍でインバウンド客を見込んでいた民泊は大きな影響を受けました。農業にも少なからず影響は出ているものの、不安定な時代に、美しい自然のなかで安定して働けること、食物の生産に関われることは、安心感につながっています。
都市部の企業でも、リモートワークや副業応援をする企業が増えてきています。多様な働き方、暮らし方を模索する時代だからこそ、一度は農村での暮らしや農業に関わるのも、いいと思いませんか?
私が働くアグリードでつくっているゴマが、すてきなチョコレートとなって、萩市のふるさと納税になっています。国産のゴマは、自給率が1%にも満たない希少な作物です。希少である理由は、手間がかかるから! こんなふうに美しいチョコレートにのせてもらえると、手間と労力が報われる気がします。ぜひ、味わってみてださい。
<文・写真/石田洋子>
石田洋子
2017年、山口県萩市に移住。萩とその周辺の暮らしを伝える「つぎはぎ編集部」で活動中。2020年、自宅の蔵を改装し、泊まれるフリーぺーパー専門店「ONLY FREE PAPER」HAGIをオープン。民泊や体験を提供しています。
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