岡山市の建築会社が運営する交流スペースでは、転勤族のスタッフがメインになり、転勤族が一緒に楽しめるさまざまな活動が行われています。自身も転勤族で、ここで地元ととのつながりを見出せた、という浦岡裕子さんが紹介してくれました。
建築会社が交流の場として始めた「くらしのたね」
岡山県に転勤して間もなく、わが子と街をウロウロしていたときのこと。ふと通りかかった漆黒と木のおしゃれな建物に目を引かれました。その場所の名前は「くらしのたね」、地域住民が気軽に集え、地域と人をつなぐ場所とのこと。その日はお茶を飲んで子どもと遊んで、スタッフの方とお話をして帰っただけだったけれど、無垢材の床に靴を脱いであがり、木の香りが漂う中、集う人たちとつかず離れずの間が心地よく感じました。右も左もわからなかった岡山県での暮らしに「大丈夫かも」というあかりが灯ったような時間だったことを覚えています。
そんな「くらしのたね」は、岡山市にあるミナモト建築工房という建築設計会社が母体になっていて、自社の1階部分を使い運営されています。地主さんとその土地に新築で家を建てる若い人たちを、工務店としてつなげていきたいという思いから、地域にひらかれた交流の場としてつくられたのが始まりだそう。建築会社が顧客開拓としてカフェやインテリアショップを併設するのはよく見かけますが、ここはそこから一歩発展しているようです。今回お話を聞いた永野さんは、ここを1dayショップとして借りたことがきっかけでボランティアになったそう。
世代を超えて、地域の人が集まる場に
ボランティアから始まった「くらしのたね」の初期の頃は、未就園児とその親御さんを対象とした「たねっこじかん」や「発達障害のお子さんを育てる方の座談会」を開催。「たねっこじかん」は、音遊びや、夏の水遊び、種まきから収穫までを体験できる畑づくりなど季節を感じながら親子の時間を楽しむことができる内容です。
永野さんが、ミナモト建築工房の事業としてボランティアから専任スタッフとなった現在では、みそづくりや刺しゅう、スパイスカレーづくりや家づくりの学びができる講座を開催。さらに外に開かれた場所として、岡山市の旬野菜や果物が生産者さんと直接かかわって購入できる朝市、仕事帰りに寄ってクラフトビールやできたてのから揚げが食べられる夕市も開催しています。
さらに今年に入っては、とくに目的がなくてもふらっといられる「居場所」としてセルフドリンクやおにぎりセットを提供する場としての開放も。「ワークショップ」ではなく「講座」。「カフェ」ではなく「居場所」、「イベント」ではなく「行事」。昨今使われがちなカタカナ言葉を並べず、どんな世代も理解できるような言葉を使った気取らない雰囲気づくりが、「くらしのたね」のコンセプトである「「地域と育つ場所」というものを体現できているように感じます。そして今も、世代を超えて街の人たちが行き交う場として発展を続けています
SDGs未来都市の実現に取り組む拠点にも
岡山市は、SDGs(*)達成に向けた取り組みを提案する自治体として、内閣府よりSGDs未来都市に選ばれています。「くらしのたね」はその岡山市の中でも、半径2kmを地域防災拠点に、半径1km以内を岡山駅にかわる新拠点にしていこうという期待の集まる場所にあり、商業施設や総合公園が開発されているエリアです。そこで、SDGsをただ掲げるだけでなく実際に実現していこうという取り組みを、行政と市民の中心になって取り組んでいます。
開発中の公園に農園があったら、という仮定をして、実際に開墾から種植え、収穫を地域の人たちを募って行っています。収穫時にはその野菜でスープをふるまうという実証実験や対話の場であるシンポジウムも定期的に開催し、地元でもピカっと光る拠点になっているのです
今回、お話を聞いたスタッフの永野さんは転勤族。一緒に運営するスタッフの方たちも皆転勤族なのだそうで、出身は九州から首都圏までさまざま。永野さんは転勤でたまたま岡山にやってきて、ボランティアから事業スタッフとして「くらしのたね」を運営するようになり、さらにはここに根をはることにもなったといいます。
私も転勤族なので「どうして地元ではない場所に根をはることにしたのか」ということが気になるわけですが、そこにはもちろんそれぞれの家族の事情があります。その中でも、このコミュニティがあれば、という安心感と自信も、根をはる理由のひとつなのでしょう。
永野さんは転勤で2~3年おきに住む場所が変わるなら、その場所にいる間はそこを地元と思って一生懸命暮らしていく。そうすると愛着のある場所がいくつもできる、と語ります。ともすれば、住む場所に対して、愛着どころか次々と住む場所を変えなくてはならないむなしさから、あきらめの気持ちになりがちな転勤族ですが、そんな柔軟で前向きな考えにはとても感銘を受けました。生まれたところが「地元」、そうではなく居心地よく暮らしをつくってきた場所が「地元」になるのではないかと思わせられました。そして永野さんは、岡山に愛着を持ってもらえるような地域の拠点になるようこれからも奮闘していきたい、といいます。多世代の交流の場、暮らしをつくる場としての発展がますます楽しみなくらしのたねです。
(※SDGs…2015年国連本部で採択された世界が達成すべきゴールのこと。教育や産業、ジェンダー、貧困、まちづくりなど17の目標と169のターゲットからなり、各国で取り組みが行われている(参考:外務省ホームページより)
<写真提供/くらしのたね 文/浦岡裕子>
【浦岡裕子さん】
広島在住。パーテイスタイリスト/バースデープランナー、harenohi_factory主宰。季節の行事やパーティイベント、子どものお祝いなど生活の中にあるハレの日を、キオクとキロクに彩りスタイリングすることをテーマに、イベント装飾のアイテム製作やWEBへのコラム掲載、パーティスタイリングやアイテム製作の誌面協力、子どもと親向け店舗での季節の装飾を担当するなどの活動を行う。