都内IT企業に15年勤めたのち、古民家と蔵との出合いをきっかけに山口県萩市へ移住した石田洋子さんは、朽ちかけた蔵を民泊施設として改装。ようやくオープン!というときにコロナ禍で計画変更を余儀なくされました。しかし、地元の人に泊まってもらうことで、どうにかスタートをきれることに。
古民家と蔵との運命的な出会い
ツタに覆われ、ところどころひび割れた土壁が今にも崩れそうな小さな蔵。もはや、自然に還ろうとしているかのようなその光景は、神秘的ですらありました。
隣接する母屋は古民家の平家。縁側の窓は、サッシではなく昔のままの木枠の建具が美しく、手洗い場のタイルがかわいくて、大きな神棚があって、家の中に井戸があるという非日常感たっぷりの空間でした。敷地の隣は神社の参道。
「となりのトトロ」の世界にいるかのような気持ちになり、大興奮したのを覚えています。本格的に移住を考えるきっかけになった出合いでした。
今にも崩れそうな蔵を改装する決断
母屋は長らく住人がいたこともあって、すぐに住める状態でしたが、蔵は長年開かずの間でした。
蔵の扉は土で塗られて重く、屋根からは雨漏りもしているようで、床は穴が開いて危険な状態。足を踏み入れることすら恐怖でした。
壊すのか、残すのか、それは、いずれ迫られる選択でした。壊してしまったら、もう、2度とこのような建物はつくれない。ならば、残して活用するしかないと思いました。やはり、このような古い家が残っているのが、山陰の街並みの魅力。その美しさをつなぎたかったのです。
移住して3年目についに決断。地域おこし協力隊の補助金も活用して、蔵を改装して、宿泊できる場所にすることにしました。蔵に水道を通して、簡単な調理もできるようにし、トイレは家族と共用なので、動線を考え、母屋と蔵の壁をぶち抜いてつなぐことに。
そんなこと本当に可能なのか想像もつかなかったのですが、知り合い経由で、熟練の大工さんが、基礎部分を工事してくれることになりました。この大工さんの仕事が早い。驚異のスピードで進めてくださいました。
蔵の壁をぶち抜いて、蔵の壁の内部を見ると、土とワラと竹でできている。その土を水でといてひび割れた土壁の補修に使って、使いきれない分は庭の土となったのを見て、自然に還る素材でできた壁にも感動しました。
あこがれの空間デザイナーへ相談
改修にあたって、どうしてもやりたいことがありました。空間デザイナーの東野唯史さんに相談することです。
萩市には東野さんが手掛けられたゲストハウスやお店があって、どれも唯一無二な存在感を放っており、ずっとあこがれの存在でした。今は長野県諏訪市で「家のつくり方、つかい方、なくなり方を新しくする」をコンセプトにした「リビルディングセンタージャパン(リビセン)」の代表として、家屋の解体現場で廃棄される古材や古道具をレスキューして販売されています。
そのリビセン立ち上げ前に東野さんが行っていたクラウドファンディングを私が支援したことがあり、「お礼」として「東野さんに1日デザイン相談ができる」という権利が残っていたのです。漠然と夢見ていたタイミングが3年の時を経てやっと訪れました。
そんなわけで、長野県諏訪市まで旅行も兼ねて行って来ました。2019年の年末、新型コロナウィルスのパンデミックが外国のニュースだった頃のことです。
素人の盲点や実践的なアドバイスなど、目からウロコの体験
半日、じっくり図面を引いてもらいながら話し合い、相談した結果、とても実践的なアドバイスをいただきました。素人が考えついたものは、あまり使えないということ、そして、意識していなかった照明や、保健所の許可のような問題に気づかされました(じつはカフェ営業の許可もと考えていましたが、ここで断念)。自力ではたどり着けなかったインテリアのオンラインショップやカタログなども教えていただいて、とても参考になりました。
たったの1泊でしたが、諏訪旅の楽しさも、その後の意識につながりました。東野さんに事前に教えてもらったおすすめのお店や酒蔵巡りで飲み比べなどが大満足で、あらためて、住人から聞いたおすすめスポットにはハズレなしと実感するとともに、自分も民泊では地元住人として旅を楽しんでもらう役割を提供できるに違いないと感じたのです。
完成! と同時にコロナ禍で営業できず
そうして改装工事が始まりました。基礎的な部分はプロにお願いし、表面的なところはDIYで進めます。珪藻土を塗ったり、ホコリまみれの柱を磨いたり。幸い、夫はDIYが得意。東野さんに教えてもらったおすすめのタイルを貼ってカウンターキッチンを試行錯誤してつくっていきました。
かくして、春オープンを目指し、いよいよというときに、緊急事態宣言。オープン時には東京からゲストを呼んで盛り上げようというプランは散って消えました。オープニングイベント的な締め切りが設定されないことで、「ジャーン!これで完成」というような状態を迎えることはありませんでしたが、それなりに映える空間が完成(目をつぶってほしい場所はあり)。
スタートは助成金を使った地元のお客様から
観光地である萩市では、宿泊施設救済のために市内の人が市内に宿泊すると割引になるという助成が始まり、それを利用した市内の人(ほぼ知人)に泊まってもらうことからゆるゆるスタートしました。このような事態がなければ、地元の人が地元の宿に泊まるということはなかなかないので、それはそれで、いい機会だったのかもしれません。
2021年は、「もし何かあったら」という不安を常に抱えながらも、本音は、都市部で密を避けて苦労している人たちにこそ、自然豊かな田舎をのびのび楽しんでもらいたいという気持ちです。新しい関わり方があると信じて、希望をつなぎたいと思います。
<文・写真/石田洋子>
石田洋子
2017年、山口県萩市に移住。萩とその周辺の暮らしを伝える「つぎはぎ編集部」で活動中。2020年、自宅の蔵を改装し、泊まれるフリーぺーパー専門店「ONLY FREE PAPER」HAGIをオープン。民泊や体験を提供しています。