移住して起業。壁にぶち当たりながら学んだ3つの大切なこと

移住して起業を夢見る人は数多くいますが、実際に始める際にはさまざまな問題が発生します。北海道上士幌町に移住した瀬野祥子さんがさまざまな問題を抱えつつ、夫婦で起業して気づいた3つの大切なことを教えてくれました。 

移住も企業も子育ても初めてで、分からないことだらけ

デザインの仕事

 私たちは2018年春に起業し、現在この仕事を続けて4年目になります。移住も起業も子育ても、なにもかも初めてで、そのたびに壁にぶち当たっては、学びながら過ごしてきました。今回は、計画性もなにもない私たちが、もがきながら学んだ3つのことを赤裸々にお話しできたらと思います。 

1 仕事に集中できる時間が大事。お金はなんとかなる

ゴルフ場で草刈り

 起業して最初にぶち当たった壁は、お金の問題です。私たちは起業資金を貯めていた訳でもなく、誰かに借りた訳でもない状態で起業をしました。個人事業主になるということはもちろん、収入が定期的に入ってくる状態ではありません。

 夫は林業を辞めた翌日から、求人を見るようになり、林業時代と同じくらいの収入が得られる仕事を探していました。子どもをもつ父親として、収入のない日が続くのはマズイと思ったのだと思います。

 しかし、林業時代と同じくらいの収入を求めれば、それだけ時間も体力も必要です。もっとやりたいことがあったから起業をしたのに、それではいつになっても前へ進めない気がしました。

 収入が減るなら、毎月の固定費を減らせばいい。それでもたりないときは、バイトをしよう。そして、毎週必ず平日に2人で自分たちの仕事をする日をつくろう。それが私たちの決めたことでした。

 まずは1か月の固定費を見直し、保険や携帯を変えたり、宅配サービスや、新聞をやめました。公営住宅に住んでいたので、家賃は東京の1/7くらいでしたし、野菜やおかずは、ありがたいことにいただくことも多かったので、よく考えると、できる主婦ならたくさん貯金できていたかもしれません。

地元の新鮮な野菜

 次に私はパート先の店長に相談し、普段のパート時間を長くして、そのかわり休みの曜日をつくってもらいました。夫は林業での経験が生かせる、ゴルフ場の草刈りの仕事を紹介していただき、土日に働き、平日に休みをもらうようにして、平日に自営の仕事ができる日を2人でつくりました。

 きちんと仕事時間を区切ることによって、話し合ったり、効率よく作業ができたと思います。もちろん正社員ではなかったので、お互いシフト制で時間に都合がつきやすくなった分、収入も減りました。でもそれは覚悟のうえで、まずは1年を乗り越えることを目標に、どうしてもたりないときは、日雇いのバイトに行ったりしながら過ごしました。

 夫が働くゴルフ場の仕事は雪が降る秋までの期間だったので、そこをひとつの区切りとしてがんばることにしたのです。

 そうやって始めた生活は、少しづつお仕事をいただけるようになって変わっていき、週2日だった自営の時間が少しづつ増え、半年後、夫はゴルフ場の営業終了と同時に自営業一本で仕事をすることになりました。それでもまだ収入は不安定だったので、私はコンビニのパートを早朝に変更。皆が寝てる間にパートに出かけ、夫が朝ご飯をつくって子どもたちを送り出した後に帰り、平日は毎日朝9時から、保育園のお迎えまで2人で仕事をするという生活を1年続けました。時間はつくろうと思えばどうにかなるのだと思います。

 そしてとうとう、もうすぐ起業して3年になるという年の初めから、2人ともこの仕事1本でなんとか生活することができるようになったのです。そこには、お互いのパート先の上司や同僚をはじめ、町のたくさんの方の理解と協力があったからだと思います。

 この頃から夫も子どもと過ごし向き合う機会が増え、2人で子育てをしている感覚がより強くなりました。家事や子どものことは、できるときにできる方がやるスタイルに変わり、気づけば夫は、ママ友と立ち話ししちゃうくらいにレベルアップしていました(笑)。

2 人とのつがりはなにより大事。誘われたら断らない

Tシャツ

 起業したての頃は、自分たちのできることをいろいろと考えていました。せっかくこの土地で起業したのだから、ただつくりたいものをつくるだけではなく、地域に根ざした企業になりたい。そんな仕事はできないだろうかと考え始めました。

 そこで、オリジナルのTシャツやタオル、バッグやキャップなどのデザイン制作の営業をかけてみることにしました。営業の経験もない、人脈があるわけでもない私たちは見事に撃沈し、メールを送って返ってきたところなんてほとんどありませんでした。そもそも、どこに営業をかけていいのかすら分かっていなかったと思います。

 ある日農家さんのお手伝いに行ったとき、子どもの体育祭でクラスの親がおそろいで着るTシャツをつくってほしい、と言われました。同時期に営業させていただいた上士幌町役場の観光協会でも、観光名所でもあるタウシュベツ橋梁という橋の写真をプリントしたTシャツがつくれないかとお話しをいただきました。

 そのお話を紹介してくださった方も、半年前に役場の移住CMに出演したときに担当だった方でした。人とのつながりが仕事につながる。

 今考えれば、なんの実績もない人に仕事なんて誰だって頼めないなと思います。今も私たちは、誰かの紹介でお仕事をもらうことがとても多いです。あの頃、私たちがどんな人なのかはわかっていても、どんなものをつくるかなんて誰もよくわからなかったはずです。それでも仕事を頼んでくれた方には今でも頭があがりません。

 東京を離れ、人口5000人の町で仕事をすること。そこで大事なことはなにより人とのつながりなのだと思います。仕事だけではなく、町内会や委員、役員など、基本的に誘われたら断らないことが私たち夫婦の決めごと。そこで出会えたものは、なによりの財産になっているのだと思います。

3 もらった仕事は精一杯がんばる。初めてのことにも挑戦

看板の仕事

 その当時感じたことがあります。当たり前ですが、いただいたからには仕事をきちっと精一杯やる。仕事を頼んでくれた人に後悔させちゃいけない、ということです。

 私たちは営業をかけることをやめ、制作に集中することにしました。時間が空けば、デザイン会社ワンズプロダクツとしての仕事とは別に、自身のアイテムのパターンを引いてサンプルをつくっていました。ものをつくって販売するには、製作費がかかります。その資金を調達するためにデザインの仕事をいただいていたのですが、気づけばデザインの仕事の比重が大きくなっていました。

 お仕事内容はさまざまで、ときには初めてのアイテムや作業もありました。でも、できないと言っていては次につながらない。アパレルアイテムしかつくったことがなかったので、名刺やポスター、のぼりやテーブルクロス、ひとつひとつ手探りで、とにかく勉強しながら進めました。でも、それが次の仕事につながり、なによりの営業材料になっていったのです。

 こんなことを言ったら失礼かもしれませんが、私たちは常に今回の仕事がいちばんいいと思える仕事をしたいと思っています。まだまだたりないことだらけでも、いただいたからにはどんな仕事も精一杯やる。どんな仕事にも挑戦して勉強することをやめない。これが私たちが壁にぶち当たりながら学んだ大事なことであり、この仕事の魅力なのだと思います。

<取材・文/瀬野祥子(ワンズプロダクツ)>

瀬野祥子さん
2016年に北海道上士幌町に家族で移住。現地でさまざまな仕事を経験し、夫と一緒にデザイン会社「ワンズプロダクツ」を起業、地域のニーズに応えている。