民泊で食べていける?もちろんNOだけどお金で買えない財産ができる

山口県萩市の農村部に移住した石田洋子さんは、2020年の春、自宅の蔵を改装して民泊を開業。その直後に、緊急事態宣で宿泊客が来ない状況に。「民泊だけでは食べていけない」という石田さんに、民泊経営の魅力を語ってもらいました。

「農泊」を経て「民泊」を開始

学生のツアー

 自宅に初対面のお客さまを泊めるということを、初めて経験したのは移住1年目の2017年、「農泊」の受け入れ家庭になったことからでした。

 農泊とは「農山漁村滞在型旅行」のことで、農山漁村地域に宿泊し、滞在中に豊かな地域資源を活用した食事や体験などを楽しむのが目的です。都市部の中学生や、海外の高校生、大学生、さらには農泊が海外の旅行会社のツアーに組み込まれたことで、欧米からのお客さままで、定期的に受け入れていました。

 食事の支度、体験の手配、布団の準備などすることが多く、体力的には大変です。初めのうちは、「これでいいのかな?」と気疲れもあったものの、経験を重ねるごとに慣れていき、楽しめるようになりました。

 生活圏では出会うことのない職業や考え方の人たちと出会えること、旅人の目線をとおして、この地域の魅力を感じられること。案内するために行ったことのない場所に行くきっかけになったり、手仕事を体験してもらうために自分でも詳しくなったりと、日々の暮らしの活力になりました。

お客様と子供たち

 それに、お客さまはみんないい人たちで、嫌な思いをしたことは一度もありませんでした。わが家は宿泊施設ではないし、接客やおもてなしのプロでもありません。「困っていることがあればなんでも言ってほしい」とお伝えはしていますが、お客さまのなかには、不便さや不快さを感じた方もいらっしゃったかもしれません。それでも、友だちのような立ち位置で、思いやりにあふれた関係性がもてました。

 2019年には、自宅の蔵を民泊ができる場所に改修することを視野に、「民泊」の申請も行うことにしました。申請の方法は、都道府県によって異なりますが、私が住む山口県では、自宅(居住型)で民泊を行う場合、保健所に規定の書類と家の図面を提出し、寝室に火災報知器を設置して、消防署の点検を経て許可が出るという、比較的簡単なものでした。

withコロナ時代の民泊は助成金活用から

民泊の寝室

 2020年、いざ民泊を始めようというタイミングでの緊急事態宣言。かつて経験したことのない事態に、最初はかなり戸惑いました。

 結果、初めて蔵に泊まったゲストは、農泊受け入れ家庭仲間でした。萩市ではコロナ禍での宿泊施設救済のために、市民が市内で宿泊する際は「萩市民特別宿泊プラン」という助成金の支給が始まり、民泊の施設も対象になったため、知人たちが宿泊してくれたのです。

 萩市民のゲストには、旅のスケジュールや観光について心配する必要がない分、気もちもラク。常々もっと話してみたいと思っていた人たちとじっくり話す機会に恵まれ、純粋に楽しめました。

自粛期間に手仕事体験プランを充実

味噌づくりに使う青大豆

 助成金の宿泊プランを利用して、ゲストと一緒に手仕事を充実させることもできました。
 そのひとつが、数年前からわが家の畑で毎年育てている青大豆でみそをつくること。種まきや収穫後にサヤから豆を取り出す作業を手伝ってくれたご近所さん含め、夕食を共にしたあとにみそづくりも行いました。さながら、みそづくり合宿。手間のかかる準備や作業も、みんなでするという目的があったから楽しくできたのでした。

味噌づくりの様子

 もうひとつが、竹を発酵させてつくる竹紙でランプシェードをつくること。竹で紙を漉く活動をしている竹紙作家の垰山桂子さんを中心としたグループにお泊まりいただき、手間のかかる竹の繊維を洗う作業や紙漉きを行いました。

ランプシェードの材料の竹

 はじめて竹紙に触れたときから、その味わい深い素朴な美しさに魅せられ、長く使える家の照明に、竹紙でランプシェードをつくることが念願だったのですが、夫が工業用の照明のフレームを加工して、張り子のように竹紙でランプシェードをつくる方法をあみ出してくれました。

 そして、垰山さんにアドバイスいただきながら、私のように不器用でも簡単にランプシェードをつくる体験をリリースすることができたのです。一生モノのランプシェードがつくれるこの体験は、今も週末を中心に定員5名の少人数で予約を受け付けています。

コロナ禍でも通常営業を決断。後悔のない結果に

竹紙ランプシェード

 考え抜いた結果、緊急事態宣言地域在住の方でも、感染防止対策を行った上で歓迎することにしました。事前のやりとりから、どの方も慎重に行動されていて、お互いに迷惑がかからないように配慮してくださっていることが分かったからです。

 結果的に、ゲストを迎えても、問題なく過ごせました。大勢を相手にしているわけではなく、あくまで対個人。住所だけで線引きできないと思いました。遠方から来てくださった方には、しっかり話をして、おすすめの過ごし方をご提案しています。

 田舎暮らしやパーマカルチャーに興味があり、移住も検討しているというゲストとは、築100年の古民家をリノベーションし、水の清らかな上流の田で稲作を行い、自然と調和した自給的な暮らしをしているお宅を訪問しました。こういった機会は、地元民としてのつながりがあるからこそできることだと思います。

お金にはならないけど、財産は増えていく

古民家の風合いある民泊

「民泊だけで食べていけるのか(家計が成り立つのか)」と聞かれることがありますが、もちろん、食べていけません。自宅プラスアルファの規模で民泊を営んでも、それだけで家計を成り立たせるのは困難です。

 民泊には、年間180日という制限があります。仮に180日間すべてにゲストが滞在していて、1日の売上が1万円だったとすると年間180万円。単純計算しても一世帯の収入として十分とは言い難いと思います。なにより、自宅の一部を共有する環境で、ほかに仕事をしながら、180日間お客様が滞在しているとなると、身がもちません。もちろん、お客さまとの出会いは刺激的で楽しいのですが、だからこそ、パワーも使うのです。経験的にゲストの滞在は、月に1、2組くらいがちょうどいいという実感です。

 では、たいしてお金にならないのに、なぜ、民泊をしているのか? それは、田舎暮らしの豊かさを伝えたいから。自然の恵みや昔ながらの手仕事をアーカイブし、残していきたいからです。お金という指標とは別の角度で、その価値をゲストと共有し、共感してもらうと、活力になります。

 そして、ご縁をつなぎたいから。ほんのささやかな時間でも、何日間かを共にすると、「友だち」のような感覚になれます。一期一会かもしれないけれど、会いに行くことだってできる「友だち」が日本全国、世界各地にいること。災害などが起こったときに、お互いに気にかけるような「友だち」が増えていくことは、財産だと思っています。

<文・写真/石田洋子>

石田洋子さん
2017年、山口県萩市に移住。萩とその周辺の暮らしを伝える「つぎはぎ編集部」で活動中。2020年、自宅の蔵を改装し、泊まれるフリーぺーパー専門店「ONLY FREE PAPER」HAGIをオープン。民泊体験を提供しています。