「できます!」夫の謎の自信と意外な出会いから移住先で新しい仕事がスタート

北海道上士幌町に移住して、夫婦でデザイン会社を立ち上げた瀬野さん夫妻。当初はアパレル関係の仕事がほとんどでしたが、ある女性との出会いがきっかけで、仕事の幅がぐんと広がりました。

バルーンフェスティバルでの意外な出会い

バルーンフェスティバルの気球

 私たちは現在、パンフレットやポスター、パッケージなど、たくさんの「紙もの」のお仕事をさせていただいておりますが、始めはTシャツやタオルなど、前職であるアパレルの経験を生かしたものばかりでした。でも、1人の社長との出会いが、私たちの仕事の幅を広げるきっかけとなったのです。

 上士幌町では毎年夏と冬に、バルーンフェスティバルという、全国各地から気球乗りがやってきて競い合う、気球の大きなお祭りが開催されます。3年前、起業したての私たちは、自分たちの仕事を知ってもらういい機会だと思い、タオルやマグカップ、ステッカーなど、気球のグッズをつくり、バルーンフェスティバルに出店をしました。

 そこで、堀田悠希さんと出会ったのです。堀田さんは、隣町の道の駅「PIA21しほろ」を運営するat Localの社長で、そのとき飲食ブースを出店していました。30代前後の若い女性で、そのときは彼女が社長だとは思ってもいませんでした。

 初日、夫が店番をしているときに私たちのブースに立ち寄ってくださった堀田さんは、販売していた気球の刺しゅうキャップを気に入って、スタッフの分まで全部買ってくれました。このときが、初めての出会いでした。堀田さんたちはフェスティバルの3日間、ずっとそのキャップをかぶって接客してくださり、そのキャップは、あっという間に完売してしまいました。

未経験なのにパッケージデザインを任される

マグカップ

 私たちはその後、道の駅の繁忙期が終わった頃、営業のメールを送らせていただきました。その頃、営業のメールを送って返事がきたところなんてほとんどありませんでしたが、堀田さんからは「ぜひ!」とお返事をいただきました。

 私たちは、今思い出すと恥ずかしいのですが、士幌の道の駅の看板商品をモチーフにしたグッズなどを勝手に何点かデザインし、持っていったのです。

 堀田さんは、明るくて、次々と若い社員さんたちに指示を出し、本当に出会ったときから「パワフル」な人でした。そして、持ち込んだデザインをひと通り眺めた後、顔をあげてこう言ったのです。
「ワンズさんは、パッケージのデザインはできますか?」

 その当時、Tシャツやバッグのプリントデザインはやっていても、商品パッケージのデザインなんてやったことがありませんでした。私たちが持って行ったデザインももちろん、そういったグッズアイテムのデザインでした。しかも食品のデザインとなると、違うルールもあるだろうし…。私は言葉に詰まってしまいました。

 すると、「できます!」。隣で自信満々に夫が答えたのです。

 私が心のなかであたふたしている間に、堀田さんは、新商品のカップアイスと、士幌牛というご当地牛を使用したビーフジャーキーの説明をし始めたのです。あっという間に話しは進み、気づけばビーフジャーキーの試作品とアイスの容器をもらって帰っていました。

 帰りの車の中で私は夫に「大丈夫? 私たち、パッケージデザインなんてやったことないよ?」と不安な気持ちを伝えました。でも夫はこう言ったのです。
「だれだって、いちばん最初の仕事はやったことない仕事でしょ」

 なんなのかよくわかりませんが、この意味のわからない自信。人に迷惑をかけるかもしれないという、ネガティブなことをまず考えてしまう私とは正反対の考え。それが、私たちの今の仕事につながっていったのだと思います。

何週間もかけてつくったパッケージデザイン

デザインしたアイスクリームのカップ

 最初のカップアイスのパッケージは、士幌の特産品を使ったアイスで、カフェオレ味は道の駅のショップに入っている「カフェ寛一のロゴマーク」である寛一さんの顔を使うこと。シーベリー味は士幌のシーベーリー農家のご夫婦のイラストをパッケージに入れるなど、決まっていることも何点かありました。そのなかで、すべてのパッケージが違って見えるのに統一感があるというのがテーマでした。

 私たちは手探りで、それこそひとつのパッケージに何週間もかけながら考えました。
 ビーフジャーキーはジャーキーというよりも、肉をそのまま食べてるようなジューシーさと歯ごたえだったので、その感動が伝わるようシンプルにお客さんに響くよう、提案をさせていただきました。

 今思えば、堀田さんも実績もなにもない私たちに、大事な新商品の仕事をくださったなと思います。本当に感謝しかありません。

そして、この仕事がきっかけで私たちはパッケージのデザインのお仕事を、ほかの方からもいただけるようになったのです。

さまざまな人との出会いで仕事の幅が広がっていった

高校生と一緒に作業

 その後も、士幌町にある農業高校の生徒さんと一緒に商品開発からパッケージデザインを考える授業のメンバーとして参加したり、編集、カメラマン、インターンなどたくさんの方々が関わる士幌町商店街企画のプロジェクトメンバーとして、商店街の飲食店マップとそれぞれのショップカードを一緒につくらせていただいたりしました。今年も第2弾として始動しています。

 先日は、帯広の老舗パン屋、満寿屋さんと士幌町の特産品ジャガイモのコラボパン「じゃがチーズフォカッチャ」という、おいしすぎるパンのパッケージのお仕事をさせていただきました。

 堀田さんとのお仕事は、いつもたくさんの方と関わり、刺激をいただきながら、新たな世界を広げてもらっています。私たちは堀田さんというとてつもないパワフルな台風の目に、いつも巻き込まれているのだと思います。

地元のショップカード

 道の駅というと、もちろん旅行客がメインターゲットになります。でもそれだけではなく、堀田さんは「日本一町民に必要とされる道の駅になること」をいつも目指しています。

 若い女性社長というだけで、辛いことや悔しいこともたくさんあると思いますが、そんな素振りをひとつも見せず、いつも笑顔で、生産者さんや町の業者さんのことを一生懸命考えている彼女を私たちは本当に尊敬しています。そしてなぜかその目に巻き込まれたいとさえ思ってしまいます。

上士幌の仲間たち

 同世代で、働きながら子どもを育てて、今は一緒に新たな命を身ごもりながら仕事をさせていただいています。このような環境で、仕事ができることに感謝をしながら、今を楽しみ、これから先もおもしろいことにたくさん挑戦していけたらと思っています。

<写真・取材・文/瀬野祥子(ワンズプロダクツ)>

瀬野祥子さん
2016年に北海道上士幌町に家族で移住。現地でさまざまな仕事を経験し、夫と一緒にデザイン会社「ワンズプロダクツ」を起業、地域のニーズに応えている。