2021年に京都に移住し、趣味のランニングやサイクリングで町めぐりを楽しんでいるホリスティックセラピストの日比響子さん。木造家屋が多い古都ならではの街なかに点在する、赤いバケツが気になっていたそう。それは京都市民の高い防火意識の表れでした。
路地に入ると目にとまる消火用のバケツ
京都には、大通りからちょいと入ると、今も古い木造の町家が並ぶ路地がたくさんあり、つい引き込まれてしまいます。週に何回か、30分程度近所を走りますが、同じコースではつまらないので、そのときの気分でいろんな路地を巡ります。すると、水の入った赤いバケツがところどころ家の前に置いてあるのに目がとまるようになりました。
「消火用」「防火用」と白字で書かれているのを見て、あぁなるほど、確かにこれだけ古い木造住宅が密集してたら火事が怖いもんなぁと合点。消防車が入って来れないような細い路地が入り組んでいるので、ひとたび火事が起きたら大変なことになるでしょう。
でも、こんな小さなバケツ1杯の水でどこまで効果あるんだろう? それこそ「焼け石に水」じゃないかしら? 素朴な疑問を抱きつつ、まぁ備えあれば憂いなし。お守りみたいな意味合いもあるのかなと思っていました。
初期消火にかける意識の高さ
走りながら赤いバケツを横目で見ると、ほとんどがいつもきれいな水で満たされていて、こまめに交換してるのがうかがえます。1つだけじゃなく複数並べているお宅もあり、立派な町家づくりの建物の前にはタイヤに守られた赤いバケツがずらり。本気度がうかがえます。板を渡して2段重ねにしたり、町内ごとに大切にしているお地蔵さんの脇にはお供えのように3つ添えられてました。
長年日に当たっていたせいでしょう、ほとんど白っぽく退色してしまったバケツもあったりして、この習慣はずいぶん昔からのよう。いろんなバケツを見かけるうちに、たかがバケツとはいえない、並々ならぬ思いがあるように感じられ、ちょっと調べてみました。
すると、かつて京都には「火事が起きたときに水を持って駆けつけなかった者に罰金を課す」という町掟(まちおきて)があったほど、住民の自主的な消火行動による初期消火を重視していたそう。
かたや同じように火事の多かった江戸では、延焼を防ぐための町火消「いろは47組」が設けられ、現場周辺の建物や構造物を崩す「破壊消火」が有名。京都にも同様の消火体制はあったようですが、一方で大都市ながら草の根的な初期消火行動も根づき、現代にも高い消防意識として残っているという事実を知り、なるほどとうなずきました。
あのバケツは、自分の家のためというより、よそで火事が起きたときにさっと手にして駆けつけるためのものであったのだなぁ。先日、消防署の方がわが家にいらして「火事が増えてるので気をつけてください」と、声かけしてくれました。こうしたこまめな行動も火災予防につながるのでしょうね。
京都市はほかの大都市と比べても人口1万人当たりの火災件数が最小レベルなのだとか。防災は1人ひとりの心がけしだい。とくと肝に銘じます。
<取材・文・写真:日比響子>
<取材協力:立命館大学歴史都市防災研究所 教授 大窪健之>
日比響子
「studio hi_bi」主宰。カラダとココロをゆるめて本来の自分を取り戻すホリスティックセラピストとして活動中。2021年4月、東京から京都へ移住。京都市内にある築年数不詳の京町家をリノベーションした、こぢんまりとした平家一戸建てを借り受け、新たなスタートを切る。