脱サラで有機農業をスタート。野菜で人をつなげるコーディネーターに

伊賀焼、萬古(ばんこ)焼といった伝統工芸が盛んな三重県。若手作家やさまざまなジャンルの職人が移住したりと注目を集めています。今回はいなべ市で『ゆうき農園』を営む森友喜さんをご紹介。

野菜づくりより人とのつながりづくりが楽しい

森さん
取材は3月終わり。からし菜の花を「めっちゃうまいなぁ」と食べる森さん

「野菜から人につながりが移ったときに喜びを感じるんですよね」。そう話してくれたのは、三重県の最北端いなべ市藤原町で農園を営む森友喜さん。大手建設コンサルタント会社を辞め、26歳のときに地元の藤原町に戻り有機栽培で野菜をつくり始めて今年で14年目となります。

 森さんが営むゆうき農園のコンセプトは「地元の資源をいかし地域のなかで循環させる」こと。耕作放棄地からの転換を中心とした畑は、のべ2ヘクタール。できるだけ草を生やし緑肥として土に鋤き込み、必要に応じて県内の志摩地方で獲れるカキ殻やミネラル資材も活用。堆肥は鶏糞など動物性のものは使わずに、米ぬかやもみ殻に加え刈り草や落ち葉などの野草堆肥といった植物性のものを使用しています。

 主力の野菜は、ニンジン、ゴボウ、サトイモ、ショウガ、カボチャといった根菜類。野菜の個性がくっきりと出たみずみずしく滋味深い味わいで、根菜といえばゆうき農園と言われるほど。近隣市街はもちろんお隣の愛知県にもファンが多く、料理人から指名もあるそうです。以前は年間約60種類の旬の野菜を生産していたそうですが、今は1シーズンに10種類ほど。種類を絞った理由をこんなふうに話してくれました。

「単純に時間をつくりたかったんです。僕は農業をやっているけれど、自分のことを生産者と思っていない。僕にとって野菜は人が繋がるためのツールというか、きっかけ。こんなこと言っちゃいけないけど、野菜づくりが好きで農業をやっているわけではなくて(笑)。もちろん、でかいゴボウがとれたらうれしいけど、喜ぶ人の顔が浮かぶともっとうれしいんですよね」

ゴボウ
収穫したばかりの葉付きのゴボウ。

 野菜を見ていると人が見える、と屈託なく笑う森さん。「農協やスーパーに卸していたこともありましたが、なんもおもしろくない。野菜とお客さんの間にひとつでも挟まると、なにも伝わらないしつながらないんですよね。やっぱりお客さんの顔が見えた方が絶対に楽しいですから」というのが、配達や直売所中心に販売している所以です。

次は種づくりに挑戦したい

ゴボウの種
昨年から自家採取100%に切り替えた大浦ゴボウの種。花殻からひとつひとつ取り出す

 そんな森さんだからこそ、畑と人をつなげる農業体験はライフワークのひとつ。収穫体験にとどまらず、種まきから収穫して食べるまでという1年を通した体験プランや、竹林対策として竹の伐採からメンマづくりを体験するというユニークな企画などさまざまなテーマで農業の現場に人を呼び寄せています。

「みんなで大豆を育てて、その過程で枝豆を食べて、最終的に干からびたさやから大豆を取り出してみそを仕込みます。枝豆って大豆なの? と驚く子どももいますよ。食育なんて難しいことは言えないけれど、育てた大豆でみそ汁をつくって一緒に食べたら楽しいだろうなぁって」

 黙々と野菜をつくることよりも、野菜に人が集まりつながっていくことが自分の満足だという森さん。次なる計画は、昨今その大切さがうたわれている「種」。「みんなで種をまいて、こんな花が咲くんだってお花見して、またそこから種を取る。頭で種苗法うんぬんを考えるより、そっちの方がめっちゃ楽しいし伝わるんじゃないかなって思うんですよね」。

河川整備の仕事を辞めて、故郷で新規就農

仲間
初めましての子ども達も体験農園で一緒に畑仕事をすると、帰りには気心しれた仲間に

 大学では環境システム工学を専攻し、卒業後は建設コンサルタント会社で主に河川環境の整備に関する仕事をしていましたが、「昔のような自然の川に戻したいという思いで多自然型河川の整備計画に携わっていましたが、現実はモニターの数字とにらめっこするデスクワーク。違和感が半端なくて(笑)」。

 本当にやりたいことは、現地で実際に土地を使って自然に触れる仕事。自分のフィールドがあれば多自然川を自分でつくることもできると考え、森さんは次の仕事を農業と決め藤原に戻ってきました。

仲間
蕎麦の種蒔きから食べるまでの体験。市内だけではなく、名古屋、四日市、桑名と各地から人が集まる

 今では、新規就農や移住を希望する人々が森さんを頼って集まってきます。「一人でがんばっていても、有機農法は広がらない。街全体で盛りあげていきたいし、なにより仲間がいたほうが楽しい。移住の世話もうれしくてやっているんです。同級生が少し便利な隣町に引っ越していくなか、わざわざ藤原を選んで移住してくれる人がいることは本当にありがたい。結局は全部、自分がおもしろくなるためにやっていることなんですよね」

 この地域のハブ的存在となった森さん。ベクトルは常に自分がおもしろいと感じる方向へ。そんな森さんの生き方こそ、人をつなぐ最強のツールなのでしょう。

森友喜さん
1982年、三重県いなべ市藤原町生まれ。立命館大学環境システム工学科(現・環境都市工学科)卒業。三重県伊賀市の農家にて1年間の研修の後、2008年から「ゆうきの畑」をスタート。現在は「ゆうき農園」として、有機野菜や加工食品の生産をしている。最近は多くの人に家庭菜園を楽しんで欲しいという願いから、堆肥の生産と販売もスタートした。

<取材・文>西墻幸(ittoDesign)

西墻幸さん
1977年、東京生まれ。三重県桑名市在住。編集者、ライター、デザイナー。ittoDesign(イットデザイン)主宰。東京の出版社で広告業務、女性誌の編集を経てフリーランスに。2006年、夫の地元である桑名市へ移住。ライターとして活動する一方、デザイン事務所を構え、紙媒体の制作や、イベント、カフェのプロデュースも手がける。三重県北部のかわいいものやおいしいものに詳しい。