いなべ市のロウ作家のセレクトショップ。移住先の風景をロウソクに

伊賀焼、萬古(ばんこ)焼といった伝統工芸が盛んな三重県。若手作家やさまざまなジャンルの職人が移住したりと注目を集めています。今回は三重県いなべ市にセレクトショップを構える蝋作家のウラタアンナさんをご紹介。

「熱量を感じるもの」を集めたロウ作家のセレクトショップ

すす
「すす」の店内。営業日は「木・金・土、たまに日曜日」

 三重県北部を走る三岐鉄道北勢線。線路の幅が762㎜と歩幅より少し広いくらいのナローゲージと呼ばれる国内でも珍しい路線です。バスよりも小さな黄色い車両が田園風景をかけ抜ける姿は鉄道ファンだけではなく地元の人々からも愛され、100年以上もの間走り続けています。

 そんな歴史ある北勢線の終着駅阿下喜(あげき)から徒歩5分ほど。古民家を改修した「メゾンヒガシマチ」の2階に、ロウ作家のウラタアンナさんが営むお店「すす」があります。

 昔ながらの狭く急勾配の階段を一段ずつ踏みしめながら上がっていくと、梁が見える高い天井に広々とした空間があらわれ、窓の外には広い空と雄大な山並み。ウラタさんのつくるロウソクは、まるでその景色の一部のよう。ほかにも、食器や衣服、地元の草木染め作家の作品などもあり、そのひとつひとつがゆるやかに繋がって温かな空気感を生み出すお店です。

りんご
食器と組み合わせて展示された「姫林檎」

「コンセプトは、ロウソクと温度のあるもの。つくり手の顔や手仕事の温もりなど、人の熱量を感じるアイテムを扱っています。ロウソクはメインではなく、むしろ前面に出したくないくらい(笑)。器と布と同じようにロウソクが暮らしの一部になっているのが理想です」(ウラタアンナさん)

出産5年後にロウソク制作を再開

店内
ろうそくの飾り方や布との組み合わせなど、暮らしを楽しむ提案も。店内の雰囲気はその都度変化する

 自然豊かないなべ市で、フォトグラファーの夫とともに2人の小さな娘さんを育てながらロウソクを制作しているウラタさん。出産から5年間の休業を経て、昨年から活動を再開しました。

「ロウソクってつくり始めたら途中で止められないんですよ。色を入れて手でこねていても冷めてきたら固まってしまうし、型に流し込むまで手を止められない。まとまった時間がないと制作ができないんです。だから中途半端に続けるよりも休もうって決めて。あせりや不安で悶々としたときもありましたけどね」と穏やかな表情で振り返るウラタさん。でも、と言葉をつなぎます。

雪の森
作品名「雪の森」。芯を長いまま残し、使い始める時に切ってもらう。「臍の緒を切る感覚に似ています」(ウラタさん)

「ロウソクと子どもはよく似ているんです。ロウは待ってくれないし、どんどん変化をする。狙った色に仕上がることはほとんどないのです。でも偶然生まれた色や、型から出しときの欠けやクラック(ひび)がそのロウソクの見どころになる。子どももそう。どんどん成長して、変わったところや一見困ったところがその子ならではのチャームポイント。全部認めて、納得する。子育てもロウソクと同じなんだなぁと思いました」

スケボー少女がロウ作家に

ゆる
作品名「yoru」。子どもたちと見た夜空の風景を表現。細かく入るクラックや傷が星座や天の川に見える

 いなべ市に隣接する四日市市で育ったウラタさん。中学生の頃にスケボーにはまり、高校卒業後はスケボーの専門スタッフとしてスポーツショップで働いていたという筋金入りのスケーター。そんなウラタさんがロウソクと出会ったのは、四日市にあったストリートカルチャーのお店でした。

「沖縄の方がつくったもので、流木と組み合わせてあったり、マーブル模様だったり。おもしろいなぁと思いました。それで、東急ハンズにある、ちょっとした手づくりキットを買ってつくったのが始まりです」

 ロウを溶かして色を混ぜ、固める。そんなシンプルな工程なのに、自分の思うようなものがつくれない。「教えてくれる人もいないし独学で。悔しくて続けているって感じでした」。

春と雪
作品名「春と雪の合間」。古い木製糸巻きを燭台として使っている

 仕事のかたわら、インターネットで材料を取り寄せ、制作活動を続けていたウラタさん。仕事場からの帰り道、毎日目にしていた鈴鹿山脈の景色が大好きで、いつかあの麓でロウソクをつくりたいという思いも抱いていたと言います。

 その後、スケボーの仕事をやめるなど紆余曲折あったと言います。しかし思いは絶やさず、2009年に鈴鹿山脈の麓に工房を構え「いつびろうそく」という屋号でロウソクの制作活動をスタートしました。

日々の暮らしのなかの自然の移ろいをロウソクに 

菜
作品名「菜」。型もイメージに合わせて自作する

 初期の作品はタイダイ柄のようなカラフルな色合いが多かったそうですが、お子さんとともにいなべの自然に触れてから次第にニュアンスのある色彩に変わっていったそう。

「芽吹き始めた山の色や、子どもとお散歩しているときに見つけた野の花や陽だまりも。日々の暮らしで目にした自然の移ろいや、肌で感じた空気感、そのときに感じた気持ちからもイメージがわいてくるんです。山も川も森も近くにあるこの暮らしだからこそ生まれる色なんですよね」

 いなべに住んでいる人には「このロウソクは、あのときの色」と言い当てられることもあるとか。「同じ風景を見ているんだなぁとうれしくなりますね」

藍
作品名「藍と木灰の蝋燭」。インド藍と木灰で彩色。芯も藍染が施されている
ディッシュ
芯が2本ある「dish」。火を灯すと内側が溶け器のようになる

 一方、「すす」の店内でいつも灯されているのは、色のない「朝」と名づけられたロウソク。

朝
作品名「朝」

「朝のカーテン越しに差し込んでくる光がとてもきれいだったので。そこからイメージをふくらませてつくりました。起きたときに灯して、家に帰ってくるときには道標にもなるような明かりです。もちろん家を出るときには火を消すんですけどね」と柔らかく笑うウラタさん。

 水晶のような質感のロウソクは、凛とした雰囲気で静かに炎を揺らめかせています。その姿は、やりたいことが見えたら迷わず突き進む一本芯の通ったウラタさんと重なりました。

 目下の目標は、「すす」を目がけてきてくれる人をもっと増やすこと。その目指す先には、どんな情景があるのでしょう。きっと私たちに、温かい景色を見せてくれるのはずです。

ウラタアンナ

ウラタアンナ
1985年、愛知県名古屋市生まれ。四日市農芸高等学校食物コース卒業後、ムラサキスポーツイオンモール桑名店でスケートボードのフロアを担当。2009年より、三重県いなべ市に工房を構え「いつびろうそく」をスタート。5年間の活動休止を経て2020年より自身の名前で再開。2022年、いなべ市阿下喜町にて、ロウソクとセレクトアイテムのお店「すす」をオープン。使い終わったロウソクのリプロダクトも行っている。苦手なことは、洗濯をたたむこと。

<取材・文>西墻幸(ittoDesign)

西墻幸さん
1977年、東京生まれ。三重県桑名市在住。編集者、ライター、デザイナー。ittoDesign(イットデザイン)主宰。東京の出版社で広告業務、女性誌の編集を経てフリーランスに。2006年、夫の地元である桑名市へ移住。ライターとして活動する一方、デザイン事務所を構え、紙媒体の制作や、イベント、カフェのプロデュースも手がける。三重県北部のかわいいものやおいしいものに詳しい。