伊賀焼、萬古（ばんこ）焼といった伝統工芸が盛んな三重県。若手作家やさまざまなジャンルの職人が移住したりと注目を集めています。今回は三重県いなべ市で雑貨＆カフェを経営する安田真紀さんをご紹介。
のどかな山の麓の「MY HOUSE 山の麓の雑貨と喫茶」
三重県の最北に位置し、鈴鹿山脈を望む自然豊かないなべ市。ここ数年、移住先として注目され、同時に新しい飲食店やギャラリーなどさまざまなお店もオープン。マルシェなどのイベントも盛んに行われ、休日は多くの人が訪れる観光スポットになりました。
そんなにぎわいのある中心地から少しだけ離れた山の麓に、緑の木々に囲まれた静かな一軒家があります。周りを見渡すと、大きな桜の木に梅畑、空き地には草をはむヤギたちの姿。まるで昔ばなしのような風景の一角にあるのが、安田真紀さんが切り盛りするお店『MY HOUSE 山の麓の雑貨と喫茶』（以下、MY HOUSE）です。この地にオープンして12年目となります。
ジビエ肉と地元の有機野菜でつくる月替わりランチ
『MY HOUSE』のランチは1種類だけ。4月は山菜たっぷりの「春の芽吹きランチ」、5月は「猪鹿餃子ランチ」、6月は「鹿肉のグリルランチ」…と月ごとに変わります。
「猟師の夫が取ってさばいたお肉を使ったジビエ料理をメインに、このフィールドや地元の有機農家の友人が栽培した旬の野菜でつくったランチです。1か月の間に取れる野菜も移り変わっていくので、その変化も楽しみながら食材のおいしさを引き出すように、シンプルな調理を心がけています」（安田真紀さん）
ここ数年で毎月のメニューは定番化し、お目当てのメニューのときには必ず来てくれるお客さんも。安田さんがひとりで調理をしているので大変なこともありますが、そんな顔の見える距離感が心地よいといいます。
取材をした11月は、鹿肉の麻婆豆腐ランチ。カフェを始める、麻婆豆腐1本でやろうと思ったくらい安田さんも大好きなメニューです。
「どのメニューでも毎月1週目は、うまくできているかな、とじつはドキドキしているんです」と安田さん。調味料も手づくりなので、材料すべてがそのときのもの。毎年つくり続けているのに初心にかえってしまうというのも納得です。
秋の恒例となっているおやつ、栗きんとんは息子さんが野山で取ってきた栗を使います。紅茶には養蜂して採ったはちみつが添えられています。
「ここの空気で育ち、ここで取れた食材を、ここで食べていただく。かっこいいコンセプトはないけれど、全部がこのフィールドのものというのが、MY HOUSEの強みだと思っています」
店内で販売されている雑貨は、森で見つけたさまざまな木の実や動物の歯、鹿の骨でつくったクラフトや毛皮のバッジ、山で採掘した水晶も。照れたような笑顔で安田さんが話してくれた「MY HOUSEの強み」は、お店のすみずみに行き渡っていました。
美術講師を辞め、結婚を機にいなべ市へ移住
大阪府吹田市生まれ。大阪芸術大学工芸学科を卒業し、作家活動もしながら高校で美術の非常勤講師をしていた安田さん。大学の先輩だった夫との結婚を機にいなべ市に移り住んだのは15年ほど前のことでした。
「結婚する前から、将来は自然の中で暮らしたいという共通認識がお互いにありました。大阪に近い京都や岡山で探しましたが、なかなか物件が出てこなくて。そんなときに夫が就職して5年ほど住んでいたいなべ市に縁があり、今の家を借りることができたんです」
モノづくりや手を動かす仕事をしたかったという安田さん夫婦。移住後ほどなくして家の横にあった倉庫をとりこわし現在の『MY HOUSE』をつくりました。
最初の3年ほどは、夫婦でつくった自然素材のクラフトを中心とした雑貨屋でしたが「お客さんにゆっくりと過ごしてもらいたくて」とカフェも始めたことで、季節と共に歩む「食」の手仕事が安田さんの生業となったのです。
毎日変化する景色の中で暮らす
「ここの景色は、毎日本当に違うんです。レモンが少しづつ黄色くなっていったり、ムベ（アケビ科の植物）が昨日よりもちょっと赤く色づいていたり。夫も毎日山に入るので、キノコの育ち具合や木々の変化のことを話してくれます。お互いに気づいたことを言っているだけなので会話として一方通行なんですけど（笑）。そんな自然の小さな変化を感じ合えるのは、とても幸せなことだなぁと思うんです」
春には第2子誕生という大きな変化も待ち構えています。穏やかな口調はそのままに「お店も中学生になる長男もどんなふうになるかなぁと考えたりしますけど、不安はないです。どう転んでも根っこのところは変わらないし、なにが起きても私は大丈夫」と言いきります。
やさしいだけではない力強さをもった安田さんは、家族にとってもお客さんにとっても、このフィールドにしっかりと根を下ろしている大きな木のような存在なのかもしれません。
「うちに来てくれるお客さんは、私たちの生き方を気に入ってくれているんだと思うんです」。取材の終盤で安田さんが何気なく言ったひと言。それこそが、人々が『MY HOUSE』に通い続ける理由なのでしょう。
＜取材・文＞西墻幸（ittoDesign）
西墻幸さん
東京生まれ、三重県桑名市在住。編集者、ライター、デザイナー。ittoDesign（イットデザイン）主宰。東京の出版社で広告業務、女性誌の編集を経てフリーランスに。2006年、夫の地元である桑名市へ移住。ライターとして活動する一方、デザイン事務所を構え、紙媒体の制作や、イベント、カフェのプロデュースも手がける。三重県北部のかわいいものやおいしいものに詳しい。
