北海道札幌市で生まれ石狩市で育ち、東京や中国・天津市でもさまざまなキャリアを積んだ後、2021年の暮れに北海道天塩町へ移住。現在は地域おこし協力隊として活動する三國秀美さんが、日々の暮らしを発信します。今回はパリの女子高生による特別授業をレポート。
フランスの高校生が天塩の小学校で特別授業
「クイズです。さっき私がお話したフランスの料理はなんでしょう?」パリのリセエンヌ(高校生)、クロエ・アシベは日本語で小学生たちに問いかけました。1年生の男の子がいち早く手を挙げ、元気よく答えます。「カエルの足とカタツムリです」。保護者やゲスト、先生たちが見守るなか、教室は歓声でわきました。
1学期の終業式前日である7月23日、天塩町立啓徳小学校で「パリ2024オリンピック大会直前特別授業――クロエのフランス」が行われました。登壇したのはパリからやってきたクロエ。日本人の母とフランス人の父をもつ彼女は、バカンスのため来日して、祖母の住む東京に滞在。日本語のブラッシュアップと同世代との交流体験のため都立高校に数日間在籍。その後、このイベントと7月20日の天塩町花火大会に合わせて道北を訪れました。
「パリは小さなまち。オリンピックで混むので、みんなパリから出てバカンスをとるの」。今回、単身で来日したクロエは、同じ時期に来日したクラスメイトたちと東京を楽しんでいるようです。クロエが通う日本語クラスがあるパリの公立高校は、日本をルーツにもつクラスメイトが多く、普段から日本語とフランス語が行き交っているそうです。
パリで生まれ育ったクロエは、日本人の祖母とコミュニケーションをとるために7歳から日本語を学び始めました。こちらでは会う人みんなに「日本語がうまいねぇ」と驚かれるほどで、今では会話だけでなく、漢字書き取りの練習もしています。
滞在期間中の道北の平均気温は23℃ほど。私は今回、気候差も含めて東京と対照的な道北旅を楽しんでほしいという思いで、クロエのスケジュールをアレンジしました。
「なぜ、フランスの高校生が天塩町に?」と、いくつかのメディアに聞かれました。2024年4月に私がパリを訪れたときに会った友人がクロエの母親で、特別授業を企画しようかという話になり、タイミングがうまく重なって実現したのです。
啓徳小学校は100年以上の歴史があり、2024年度で市街の小学校と統合されること、児童数がわずか11名で、農業を中心とする集落のため町外の人と交流する機会が少ないこと、クロエにとっては小さな規模の授業のほうが日本語に慣れるいい機会になりそうだということなどが実現化のあと押しとなりました。
「フランス人向けの旅行案内情報が少なくて、北海道はニセコ以外よく知らない。フランス人がたくさん訪れるところには行きたくないの。温泉もあるし、娘を北海道に滞在させるのが楽しみ」と、クロエの母である友人は企画の実現化にむけて全面的に応援してくれました。
地元のおもてなしはエゾシカのバーベキューから
パリで天塩町の説明をしていてクロエの気を引いたのは、ジビエの話でした。私がエゾシカやヒグマの猟師の話をすると、肉料理が好きな彼女は目を輝かせていました。
そして最初の滞在先である日の丸旅館では、週末ということもあってオーナー家族が集まり、エゾシカのさまざまな部位をバーベキューで提供してくれました。女将さんの夫は猟友会の会長で、熊撃ち歴50年を超えるハンター。独自のポリシーに則って狩猟をしており、加工施設も自前でもつほどのこだわりです。
祖母が好きなカヤックで自然を楽しむ
今回、クロエに同行したのは日本に住む祖母の芦辺さん。彼女はこちらが驚くほどアクティブでした。天塩町の自然を楽しむコンテンツとして、ネイチャーガイドの嶋崎さんが企画したカヤックツアーを提案したところ、早々に予定に組み込まれました。
芦辺さんはカヤックの経験者で、オールの漕ぎ方もスムーズ。「川から海に出るコースもよかったわね」と経験者らしいコメントに頼もしさを感じました。
次の滞在先である幌延町の法昌寺では、ご住職の稲垣綋順さんとそば打ちを体験。法話のように優しい声で難しいコツを次々に指導する稲垣さんによる、心の和む講習となりました。
ガレットの生地に使用するなど、フランスでもポピュラーなそば粉を使い、初体験とは思えないほどおいしくできたそばを、奥様である順子さんの手料理とともにみんなで楽しみました。
今回の道北旅の行程には、私の支援業務であるトドマツ資源採取も入れました。アクティビティとしてクロエに自然を楽しんでもらえるか、周囲も興味津々。後日「天塩町から香りのおみやげ」としてパリにお届けする予定です。
地元FMラジオ局での番組収録
啓徳小学校は酪農農家が多い雄信内地区に位置しています。特別授業や児童が催す「なつまつり」への参加、大掃除支援と多忙なクロエを次に案内したのは、農業兼業のパーソナリティ、矢沢凛さんがいるラジオスタジオでした。
当初は牛を見学しようとあいさつに訪れたのですが、話が盛り上がって急きょラジオ番組の収録に参加することになったクロエ。オンエアはまだ先ですが、天塩の思い出としてぜひ、家族と聞いてほしいです。
地元サフォーク羊で打ち上げ
クロエにとっては、日本語だけの環境下で毎日違う人とコミュニケーションを取ることで緊張が続き、だいぶ疲れもたまっただろうと思います。小学校訪問、ラジオ番組収録と続いた中身の濃い集落滞在は、最後の打ち上げでやっとひと息つけたよう。農泊で人気のあるおのっぷ農園のオーナー、吉田哲弘さんから天塩町特産のサフォークラムの提供があり、滞在中の大学生らとジンギスカンを囲んで滞在最後の夜が更けていきました。
天塩町は小さな町ですが、移住者である私の目にはコンテンツの宝庫に映ります。ツーリズムを成立させるために近隣の自治体との連携は欠かせませんが、歴史や文化に加え、地元住民との交流や楽しみたいコンテンツを組み合わせることで、無限のオリジナル旅ができると実感しました。
<取材・文・写真/三國秀美>
【三國秀美(みくにひでみ)さん】
北海道札幌市生まれ。北海道大学卒。ITプランナー、書籍編集者、市場リサーチャーを経てデザイン・ジャーナリスト活動を行うかたわら、東洋医学に出会う。鍼灸等の国家資格を取得後、東京都内にて開業。のちに渡中し天津市内のホテル内SPAに在籍するも、コロナ感染症拡大にともない帰国。心機一転、地域おこし協力隊として夕日の町、北海道天塩町に移住。