WEBライターを経たのち、現在は富山県滑川市の地域おこし協力隊として活動する田中啓悟さん。今回は毎年7月31日に行われる伝統行事、ネブタ流しの様子をレポートします。
国の重要無形民俗文化財に指定されているネブタ流し
滑川市で毎年7月31日に行われる「ネブタ流し」。各町内会が「ネブタ」と呼ばれる、4~5mの大きなたいまつをつくって海へ流す伝統行事です。
滑川市のネブタ流しは、国指定重要無形民俗文化財に指定されて2024年で25周年。もとは人々を悩ます眠気の精霊「ネブタ」をはらい、農作業中の居眠りなどで起きるケガや事故を防ぐために始まったとされています。長い年月をかけて人々の安寧や地域の発展を願う催事としての側面も見られるようになりました。
夏休みを目前にひかえたある日、市内の小学校の体育館で児童と一緒にネブタづくりをしました。毎年、この小学校では5年生がネブタの装飾品をつくり、6年生がネブタ本体の製作に携わります。前年に上級生が行う様子を見ていたものの、実際にやってみるとなかなか難しいようで、皆苦戦していました。
菰(こも)という、わらを乾燥させて板状に編んだものを敷き詰め、その上に1人ひとつずつわらの束を置いていきます。最終的に菰を両サイドから閉じるように重ね、下に通している縄を使って締めると、ネブタの原型が完成します。
参加者はわらや縄で皮膚がかぶれないように長袖長ズボンを着用していますが、この日の気温は35℃超え。汗だくになりながらも安全に最大限配慮しながら行うネブタづくりには、常に緊張感が漂っていました。
ネブタの大部分ができると、最後は大人たちが完成形に近づけていきます。外周に竹を通して軸をつくったのち残っている縄で締め上げて、いよいよ本体の完成です。
こちらは別の町内会による、夜のネブタづくりの様子。人数が少ない分、何度も持ち上げなくていいように本体の下に机を入れるなどして、地面から浮かせた状態で作業します。サイズも小学生たちとつくっていたものより大きく、力強さが感じられます。
大きいネブタは盛り上がっている部分があるとそこから崩壊してしまうので、いっそう強く締め上げなければいけません。締めるとほかの場所にわらが移動して膨れ上がり、また締めると別の場所が膨れる、といった工程を何度も踏んで、徐々に形を整えていきます。
ささいではありますが装飾や基盤にも違いがみられ、町内会ごとにネブタに託した思いが伝わってきます。こうして完成されたネブタたちは一堂に会する日を待ちわびつつ、しばしの就寝期間に入ります。
11基のネブタが大集合
そして7月31日当日。お昼を過ぎたあたりから各町内会のネブタたちが続々と岸に運び込まれてきます。製作段階にはなかった土台やチューブタイヤなどをネブタと合わせて立ち上げる作業は慎重そのもの。すぐ後ろは海なので、万が一、立ち上げる際に倒れてしまうとそのまま海へ落ちてしまいます。
今年は11基が浜に並びました。元は浜の近くにある町内会の祭りだったネブタ流しですが、この文化を残していこうという市や町内の動きにより、現在では市全域の町内会が参加しています。
火をわらに移しながら燃え終わりの早さを競う
ネブタの頂点に灯油を注ぎ、火がつけられます。ネブタ流しでは、どこのネブタが最初に燃え終わるかも競われます。上から徐々に広がる火を避けながら、縄を切ってわらに炎を移していくのは難度の高い作業。今年も大勢の観客が見守るなか、海での戦いが幕を開けました。
片手でネブタにつかまりながら、波とネブタの不安定な動きをとらえて縄を切っていきます。締め上げられた縄は固く、不安定な足場の上ということもあって切るのは至難の業。この間にも火の玉が降り注ぎ、海水にさらされたネブタ自身も緩くなり始めるので、いっそう安定感が失われます。
鎌を持って上がっている人ももちろんですが、下で支えている人も相当熱さを感じます。私も風上と風下を行ったり来たりしながら回っていましたが、煙と熱さと、時折降ってくる火の玉から逃れるために何度も途中で海に潜りました。
燃え広がる速さはさまざまでありながら、全員が一丸となって最後まで戦います。燃える時間が長ければ長いほど恐怖に耐える時間も長く、いつ火の玉が降ってくるかハラハラです。私が参加した町内会では、火の玉どころか火が回ったネブタが柱ごと倒れてくるといったアクシデントも発生。初参加にしては、なかなか濃い体験をさせていただきました。
夕日にそびえるネブタがこうこうと燃え盛る様子を見るもよし、実際に海に入って叫びながら戦ってみるもよしの「滑川のネブタ流し」。真夏の滑川に来る機会があれば、ぜひ体験してみてください。
<取材・文・撮影/田中啓悟>
【田中啓悟さん】
大阪府大阪市出身。大阪の専門学校を卒業後、WEBライターとしてデジタルゲーム関連の記事を執筆。その後、「訪れたことがない」という理由で富山県に移住し、地域おこし協力隊として、空き家バンクの運用・空き家の利活用をメインに、地域の魅力発信やイベントの企画に携わっている。