北海道札幌市で生まれ石狩市で育ち、東京や中国・天津市でもさまざまなキャリアを積んだ後、2021年の暮れに北海道天塩町へ移住。現在は地域おこし協力隊として活動する三國秀美さんが、日々の暮らしを発信します。今回は利尻礼文サロベツ国立公園の一部、サロベツ原野の美しい自然と野生動物をレポート。
天塩町から車で10分の場所に広がる海岸砂丘
かつて、天塩町出身の写真家で東京在住の倭田宏樹(わだひろき)さんにお会いする機会があり、道北のよさを聞きました。「オロロンラインを通りサロベツ原野をドライブしていると、360度周りに誰もいなくて自分ひとり、って瞬間があるんだよね。その孤独感が最高だったな。途中、黒い詰襟を着た中学生がうずくまっているのかなと思って車を停めてよく見ると、オジロワシだったんだよね」
その自然豊かな「サロベツ原野」は道北の日本海側に広がる湿原で、「利尻礼文サロベツ国立公園」という日本最北の国立公園の一部です。
季節に関係なく、このあたりではエサを求めるエゾシカが車道近くを歩く姿をよく見かけます。突然飛び出してくる野生動物との衝突事故を避けるため、とくに夕暮れどきはだれもが慎重に運転します。ときに群れをなして移動するエゾシカの姿を見ると、まるでサファリパークにいるようです。
昨今話題になっているヒグマは、天塩川流域でも自分の縄張りを歩いています。2024年は住宅街付近での目撃情報が寄せられ、その日、小・中学校は臨時休校になりました。こうした野生生物は、私たちが自然のなかに暮らしていることを気づかせてくれます。
「キタキツネの子どもは本当にかわいい」地元住民もそう言います。その一方で、エキノコックス症という寄生虫感染が深刻だったという歴史は彼らの記憶に深く刻まれ、今もペットで飼うどころか、触ることすらできません。
キタキツネは距離感をもって接する必要がある動物。ですが、地元プロ野球チームの応援で知られる「きつねダンス」のようにとても身近で、北海道の風景には欠かせない存在なのです。
仕事終わりのドライブで水平線に沈む夕日を撮影
2024年は雨やくもりの日が多かったものの、夏至前後の夕方、天塩町の隣町である幌延町側を定点観測のように散歩してみたところ、「だれもいない海」を体感することができました。
海の向こうには利尻島にそびえる利尻山、通称利尻富士(標高1721m)が臨めますが、雲に隠れるとまったく見えません。晴れた日でも海面近くが雲で覆われてしまうとだめなので、せっかく観光でサロベツ原野を訪れたのに利尻富士を拝めずじまいだった、という話はよく耳にします。
公園内の海岸砂丘は幌延町から豊富町を通り道道106号、通称「オロロンライン」沿いにほぼ40km続きます。天塩町の海岸通11丁目の信号から道道444号と交差する稚咲内海岸まで信号はありません。利尻富士を左手に開放感を味わいながら北に向かってドライブしているときは、移住して本当によかったと思う瞬間です。
ドライブが楽しめるオロロンラインは風が強いことでも知られており、海岸と反対の内陸側は風力発電も盛ん。それだけに通るときには注意が必要です。とくに冬は吹雪がひどいため、地元の人はオロロンラインを避け、国道40号の幌富バイパスを使って稚内市を目指すようです。
夏至を過ぎ、8月となっても夕暮れが美しく、終業後に十分ドライブが楽しめます。北緯45度という場所だからこそ、といえるでしょう。ふと夕日が落ち、海に沈むまでどのくらいの時間がかかるのだろうと思い、写真で追ってみることにしました。
先ほどの場所から数百メートル先の駐車場に車を停めて公園に足を踏み入れると、先ほどは丸く見えていた太陽がすでにほとんど沈んでいました。さすがに日が落ちるのは早くなってきたようです。海岸砂丘に続く途中の野草地帯であわてて写真を撮ります。
海岸砂丘に下り立ち、構図を決めるともうすでに日は暮れてしまっていました。立て看板の写真を撮ってからわずか8分たらず。水平線の上に浮かぶ太陽を撮ってみたかったのですが、夕日が沈むスピードは予想以上に早かったようです。
ですがそのあと、夕暮れの美しいピンクの空を眺めることができました。ひとりの散歩を楽しみ、疲れを癒すことができる「ハッピーアワー」はいつも明日への原動力を与えてくれます。
<取材・文・写真/三國秀美>
【三國秀美(みくにひでみ)さん】
北海道札幌市生まれ。北海道大学卒。ITプランナー、書籍編集者、市場リサーチャーを経てデザイン・ジャーナリスト活動を行うかたわら、東洋医学に出会う。鍼灸等の国家資格を取得後、東京都内にて開業。のちに渡中し天津市内のホテル内SPAに在籍するも、コロナ感染症拡大にともない帰国。心機一転、地域おこし協力隊として夕日の町、北海道天塩町に移住。