滑川市に気鋭のアーティストが集合。文化財の学校で制作・展示する試み

WEBライターを経たのち、現在は富山県滑川市の地域おこし協力隊として活動する田中啓悟さん。今回は、3名のアーティストが滑川市でアート制作を行った「ナメリカワ アーティストレジデンス」をレポート。

アーティストが滑川市に1か月間滞在して制作・展示

会場となった「田中小学校旧本館」
会場となった「田中小学校旧本館」

 2024年8月。国の有形文化財である富山県滑川市・田中小学校旧本館にて、「ナメリカワ アーティストインレジデンス」の取り組みが始まりました。本プロジェクトは株式会社アトムが主催する「A-TOM ART AWARD(アトム アートアワード)」で受賞したアーティストを招き、1か月間、滑川市に滞在して作品制作並びに展示会を行うというもの。

 今回は中澤瑞季さん(彫刻家・木彫刻)、上條信志さん(東京藝術大学・インスタレーション)、石井佑宇馬さん(金沢美術工芸大学・染織)の3名が滑川市に滞在。滑川市をはじめ富山県の文化や環境に触れながら感じたものを、それぞれの技法を駆使して表現してくれました。

滑川のまちからインスピレーションを得たアートが完成

木の形を整える中澤さん
木の形を整えるところから

 彫刻家の中澤さんが専門とする木彫刻では、まず原型の木材にあたりをつけ、形を整えるところからスタートしていきます。木をカットしていくと内部の木目や年輪が顔をのぞかせ、そのたびに新しい表情を浮かべる。人間が長らく共存する相手として選んだ自然物との対話が始まっていきます。

木材を切り出す様子
切り出した木材が形になっていく

 ノミをハンマーでたたきながら、丁寧にくり抜いていきます。木として重ねられていたものたちがつながって角が取れ、丸みを帯びていく様は、木材に命が吹き込まれていくようでした。

彫った木材に色を加える様子
彫った木材に色を加えていく

 木が自ら生成することのない色素を丁寧に描き、絵筆の軽やかさが木目と紋様の隙間をぬって、木彫刻としての新しい顔を彩ります。木という、元来温かみを感じられる素材だからこそ演出できる自然本来の在り方を感得できることが、木彫刻の魅力のひとつなのではないでしょうか。

教室にたたずむ木枠
教室にたたずむ木枠の数々

 続いて、東京藝術大学・上條さんのインスタレーション。オブジェとなる物体を配置し、空間そのものを作品として制作に取りかかります。映像や装置といった大掛かりな要素を取り入れつつ、最終的には作品を鑑賞するのではなく、作品の中に自分が飛び込むといった、まさに複層的なアートを体験することができます。

 見慣れた小学校の1室が、ありとあらゆる素材で形づくられていきます。場所の都合上、戸を開けて作業ができなかったのですが、上條さんは自分で網戸をつくって外気を取り入れているようでした。これも作品の一部になっているのがおもしろいですね。

制作途中の作品
自在に室内を駆け巡る作品の断片たち
ピンと張られる大きな布
ピンと張られる大きな布

 金沢美術工芸大学で染織を行う石井さんの前には、特大サイズの布が張られています。色を染みわたらせる前に、どういった紋様を浮かび上がらせるか、なにをテーマに描いていくか構想を練りながら、手描き友禅の技法を用いて着実に前へと進んでいきます。

 本来であればデザイン(図案作成)や下書きといったプロセスを踏んでつくり始めるところを、石井さんはその工程を一切踏まずに形にしていくというこだわりをもち、手の赴くままに描いていきます。

布に藍色の染料が広がる様子
慎重に、ときに大胆に広がっていく藍色の染料

 染料を筆に染み込ませ、布をなぞります。薄く、濃く、ゆっくりと、素早く、自分の描き方一つでさまざまな表情を見せてくれる藍染の醍醐味を味わいながら、時間をかけて取り組みます。

 滞在制作期間中は、一般の方が校舎に出入りして制作風景を見学することも。作品を前に語り合う姿が散見されました。

見学者と言葉を交わす石井さん
見学者と言葉を交わす石井さん

地元メディアの注目を集めた成果展

成果展の様子
(左上)成果展当日の様子 (右上)正面階段に飾られる石井さんの作品(左下)報道機関の対応を受ける中澤さん(右下)鑑賞者に作品の説明をする姿も

 こうして制作期間を終え、8月24日から9月1日に開かれた成果展。地元メディアを中心に、初日から多くの人が押し寄せました。

 会場の校舎に入るとまず目に飛び込んでくるのは、石井さんが染めた1枚の布。タイトルは『満ちて在る海』。滞在期間中に滑川から見える海を眺め続け、眼前に広がる日本海の圧倒的な豊かさから着想を得て制作されました。

 染料の動きを自身の手でコントロールして描かれていった1枚の布のなかに、鮮明な青さと寄せる波が表れ、天然のいけすと呼ばれる富山湾がかすかに揺れる。はるかかなたまで続く海を想像し、この世界にあるすべてのものに思いを馳せました。

 展示会の様子はテレビでも放映されるため、初日はアーティストが取材対応をする姿も。普段アートに触れることが少ない人にも存分に魅力を感じられるよう、鑑賞者にも自身の作品について要点を絞って説明していました。

中澤さんの木彫刻作品『水平の向こう側』
中澤さんの木彫刻作品『水平の向こう側』

 中澤さんが制作した3つの作品のうち、最も大きいものがこの『水平の向こう側』です。滑川市に立ち並ぶ建築物の間から顔をのぞかせるのは、はるか彼方まで続く水平線。その奥に鎮座している能登半島の姿や、たなびく霞の数々から着想を得て制作されました。

作品の前で語る上條さん
作品の前で語る上條さん

 上條さんによる、縦横無尽に張り巡らされた木枠と和紙が印象的なインスタレーション『凪の間』。奥の壁には滑川滞在中、欠かさず書いてきた永字八法による「永」の文字が並んでいます。水面と風、流れる時間が生み出すさまざまな音が寝静まったときにやってくる凪の瞬間は、あまりにも無音で、息をのむことすら忘れてしまうほどの静寂に包まれます。

上条さんの作品
自身の想いを張り巡らせて作った空間

 昨年の暮れに祖父が亡くなり、死や老いについて考える時間が増えたという上條さん。東京から遠く離れたこの滑川の地でこれからのことと向き合った結果が、多様な死生観やそれらを見つめる自分の視点として作品に表れていました。

田中小学校旧本館
1か月を共にした田中小学校旧本館

 1か月という小さな移住体験のような日々が、彼らの今後に与えた影響がいかほどのものだったのか。将来を嘱望された3名のアーティストがこれからどうなっていくのか。1ファンとして応援し続けたいと思います。そしてもし数年後にふらっと出会ったら、一杯酌み交わしたいものです。

<取材・文・撮影/田中啓悟 写真協力/A-TOM ART AWARD>