北海道札幌市で生まれ石狩市で育ち、東京や中国・天津市でもさまざまなキャリアを積んだ後、2021年の暮れに北海道天塩町へ移住。現在は地域おこし協力隊として活動する三國秀美さんが、日々の暮らしを発信します。今回は雄信内(おのぶない)集落産のキクイモについてレポート。
「菊芋茶」のパッケージデザインを農園滞在者が担当
10月、町内にあるおのっぷ農園の吉田哲弘さんから、「キクイモの花が咲きはじめた」と、待ちに待った連絡が。雄信内集落で酪農を本業とする吉田さんは、体験型短期農業バイトを若い世代や海外からの来道者に広く紹介したいと、この農園を立ち上げました。若い人たちでも体験しやすい野菜の栽培や、山菜の収穫・加工を行い、その商品化を滞在者と一緒に行なうモデルを実践しています。
その商品のひとつが、キクイモを使った「菊芋茶」です。パッケージデザインは東京在住のデザイナー、滝沢春奈さん。おのっぷ農園滞在者のひとりである滝沢さんは写真撮影もしており、彼女の写真集が現在、天塩町役場などに展示されています。
「天塩町の広大で美しい自然と、動物や町の人たちのやさしさと温かさに触れたことが、私のなかで写真を撮る視点が変わるきっかけになりました。天塩町で過ごした1か月は人生の財産になっています」(滝沢さん)
こうした若い世代とのコラボやコミュニティ交流こそ、吉田さんが天塩町に広めたいコンテンツであり、多文化共生や関係人口創出を実現しています。
雪の下で越冬する、たくましいキクイモ
私がキクイモを身近に感じ、興味をもつきっかけになったのは、集落の小学校で健康相談会を開催したときのこと。そこで出会った高橋節子さんから、キクイモのお茶について聞きました。
「細かくスライスして乾燥させ、いったあとにグラインダーで粉にしたらすぐお茶になるの。わが家の裏ではまだキクイモがゴロゴロとれてね。放っておいてもたくさんできるし、土の中で越冬させておけばいいのよ」。ぜひ、そのイモ掘りをさせてほしいとお願いし、まだ寒さの残る5月にお茶づくりを目指しました。
とはいうものの、イモ掘りから袋詰めまでを高橋さんがテキパキとこなし、私は少し掘るだけでヘトヘト。収穫作業では、慣れていないと体が動かないのだとあらためて実感する経験となりました。「重いからクルマまで運んであげる」と高橋さん。日頃から土に触れている人のパワーには圧倒されっぱなしです。
時間をかけてゆっくりお茶をつくる
持ち帰ったキクイモですが、その日は泥を落とし、洗うだけで精一杯。丁寧な作業が必要とされるため、自宅で大量のキクイモ洗いは難しそうだと、町内にある日の丸旅館の屋外台所をお借りしました。
作業をとおして、お茶ができるまでのプロセスはスローフードだと感じました。秋の気配を感じながら花を眺め、冬の雪が解けるのを待ち、少しずつ掘り出し、洗い、乾燥、乾いり、粉砕と時間をかけてできあがります。ひとり静かに飲むだけでなく、吉田さんが笑顔で出してくれるのを楽しみにおのっぷ農園を訪問して、みんなでいただくことも。キクイモ茶は場面に合わせて、集落そのものを楽しむように味わっています。
キクイモ茶は水出しも可能で、私はよく持ち歩いています。キクイモ茶に含まれるイヌリンという食物繊維は、腸内環境を整えて消化吸収をよくするとされています。加えて血糖値の上昇を抑えるという情報もあり、健康茶として飲む人が多いようです。
集落のことにくわしく、吉田さんのことを「テツ、テツ」とわが子のように気にかける高橋さんの本業は、自動車整備工場の経営。家族で経営する工場の事務所には、大事に飼われている猫がおり、いつも堂々としています。夜は猫が寝る建物が別にあるそうで、まるで従業員のよう。「もともと動物は好きではなかった」という高橋さん、縁ある命には惜しみなくかける愛情が、キクイモに限らず、豊かな風土や集落を次世代につなげる原動力かもしれません。
<取材・文・写真/三國秀美>
【三國秀美(みくにひでみ)さん】
北海道札幌市生まれ。北海道大学卒。ITプランナー、書籍編集者、市場リサーチャーを経てデザイン・ジャーナリスト活動を行うかたわら、東洋医学に出会う。鍼灸等の国家資格を取得後、東京都内にて開業。のちに渡中し天津市内のホテル内SPAに在籍するも、コロナ感染症拡大にともない帰国。心機一転、地域おこし協力隊として夕日の町、北海道天塩町に移住。