2021年に和歌山県紀美野町の山奥に移住した片桐夫妻。移住した当初は農業や製材などのアルバイトで生計を立てていました。それが今では建築業のかたわら、シェハウスとゲストハウスを運営し、里山を存続させる活動をしています。移住を機に夫妻の人生におきた思わぬ展開を取材しました。
紀美野町に移住。自宅のセルフビルドから古民家リフォームの依頼が
20代にオーストラリアでのワーキングホリデーをはじめとする国内外での暮らしを経験し、サステナブルな生活がしたいと地方移住を検討していた片桐翔太・祐保夫妻。翔太さんの実家に近い和歌山県で、移住者が多い紀美野町(きみのちょう)が運営する移住体験施設に入居し、家を探しはじめました。予算が限られていることもあり、理想の住まいがなかなか見つからず家探しは難航。
そのうち、地方でコンパクトな小屋を建てるだけなら、お金もかからないし、ライフステージに合わせて増築していけばよい、と自分で建築しようと決意。そんなとき地元の人から耕作放棄地を使っていいと話があり、念願かなって家を建てることになりました。
翔太さんは建築関係の専門学校を出て、建築業界にはたずさわっていましたが、自らつくるのははじめて。最初は大工の父親や兄のほか、これまで国内外で出会った友達に助けてもらったそうです。そうして完成した自宅を見学させてもらうと、広さ約12畳とコンパクトながらとても機能的で居心地がよさそう。
驚いたことに「自分で家をつくる」と地域の人に話したことがきっかけで、ほかの移住者から「自分の家のリフォームをできないか」と声がかかったそう。プロではないのに引き受けていいのか悩み抜いた末、勇気を出して承諾し、古民家リノベーションを行う建設業を始めることに。翔太さんの、顧客のニーズを丁寧に聞き取って洗練されたデザインを生み出す仕事ぶりは、移住者から高く評価されています。
古民家をシェアハウスにしてコミュニティの拠点に
建設業を始め、さまざまな移住者の話を聞く機会が増えた翔太さん。なかには孤独を感じたり地方の生活になじめずに出て行ってしまう移住者がいることを知り、地域コミュニティの必要性を痛感します。
移住者は家と家が離れて建つ地域に住んでいることが多く、住人同士のコミュニティは希薄になります。当時はコロナ禍だったこともあり、地域の集まりも減っていて、移住者が集い、頼れる場が極端に少なかったそう。
この地域は高齢者が多く、新たな移住者なしでは存続できません。片桐夫妻は、この豊かな自然の恵あふれる場所を「人が住み続ける里山」として持続可能にする活動を行うことを決意。移住者の寄り添い支援とコミュニティの拠点として、シェアハウスをつくる計画を打ち出しました。移住初期はシェアハウスに住んでもらえば孤立を防ぐこともでき、定住後も集える場とすることで多様な人とのつながりをつくることができます。
このアイデアをいろいろなところで話していたところ、地域の人からちょうどよい古民家があると話があり、格安で借りることができました。シェアハウスにするにはリノベーションが必要でしたが、翔太さんはそれもコミュニティづくりの機会にしようと考えます。DIYワークショップを開くなどして地域の人や移住者などが集う場を企画。そうしてさまざまな人が関わったシェアハウスが完成し、2022年11月に「Shared Residence Flag」がオープンしました。
オープン後もイベントを定期的に開催し、このシェアハウスが住人同士のみならず、地域のコミュニティ拠点となるよう運営しています。
「Shared Residence Flag」は、玄関を入るとすぐに広いキッチンがあり、キッチンとつながった居間があります。夕ご飯はみんなで一緒に食べるそう。2024年11月時点で住人は20代のカップルと学生に加え、紀美野町地域おこし協力隊のインド人女性も加わって、このシェアハウスはますます地域活性化の拠点になっていきそうです。これまでの住人からは、近くの家を購入して定住する人も出てきました。
移住の入り口を広げるためにゲストハウスも始動
片桐夫妻の行動は止まりません。移住者を増やすために地域に人が来る機会をもっと増やしたいと、シェアハウスに併設してゲストハウス運営にも乗り出すことを決めました。ゲストハウスをつくるにあたり、片桐夫妻は周囲の人々ともっと思いを共有したいと、頭の中にあった「百年続く里山」のイメージをさらに深掘りし、イラストに起こします。
イラストに描かれているのは、環境への負荷の少ない量り売りのお店、このまちの未来を語り合う酒場、子どもから大人までが集う図書館があり、里山では野遊びを上の子が下の子に教える子ども同士のコミュニティが生まれ、マルチワーカーが安定して働ける特定地域づくり協同組合や、PC1台でどこでも仕事ができるノマドワーカーの移住を促進するテレワークの拠点(転職なき移住の推進)がある。そんな地域の未来をポジティブに語れるような仲間が共感して集まってくる場所。ワクワクする雰囲気です。
イメージをもとに、ゲストハウスをつくるためのクラウドファンディングや県の補助金申請も実施。クラウドファンディングでは、約500万円の資金を集めることに成功しました。
このゲストハウスは、シェアハウスの敷地内にある使われていない納屋をリノベーションした部屋と、シェアハウスとして使用していた1室をリノベーションした部屋を合わせた2部屋。片桐さんのセンスがあふれたとてもおしゃれな空間でした。2024年9月にオープンし、筆者がはじめてのゲストに。これからさらにサウナやテント泊ができるスペースを整え、レジャー目的の人も来られるようにしていく予定です。
建築業も、シェアハウス運営も、ゲストハウス運営も、移住当初はまったく思いもしなかったと片桐夫妻。印象的だったのは、課題を見つけたらその解決方法を考え、その都度行動に移していく姿勢です。そして、さまざまな人とアイデアをシェアしていくうちに縁を引き寄せ、チャンスをくれる人、サポートしてくれる人が現れること。これはきっと、片桐夫妻が常に現状に可能性を見出し、真摯に取り組むことで、周囲の人々に誠実さと熱意が伝わるからだと感じました。
「移住」は、仕事探しがハードルになることも少なくないと思います。それが、むしろゼロベースで移住することで自分が突き動かされるライフワークに出会えることもあるのだと、思わぬ勇気をもらいました。
<取材・文/Sachiko>
Sachiko
豊かな生き方探求研究家。シェアハウス研究家。千葉県出身。ライフコーチとして人がその人らしく生きることをサポートしながら、サステナビリティや対話、コミュニティ、メディテーションなどを学び、人と人、人と自然のつながりある社会にむけて継続的な場づくりを目指している。